第12話 「失敗したらやり直せば良いと思います」とお姉さんは微笑んだ 1


 遥か南の海上からやって来た風が、生物室の白いカーテンをふわりと揺らす。

それは日傘をさす女の流れるようにそよぐ丈の長いスカートを思わせる。

屋内に拡散していく外気の湿った香りには、青と緑の気配が濃厚に感じられた。

 夏至を過ぎて暦はまだ一月と進んでいない。

蝉たちが気勢を上げるのはもうしばらく先の事と成ろう。

生物室に差し込む太陽光はまだまだ入射角も深く、七月のエネルギー源としては申し分のないパワーを持て余しているに違いない。

お日様は強い日差しとして降臨したことのせめてもの証になると考えたのだろう。

『ひとつ水槽の水をお湯に変えてやろうじゃないか』と昼下がりの窓際で熱心に働いているところだった。

気の毒に、そうしたお日様の自儘な熱意でぐるりがぬるま湯と化した小さな世界には異変がひきおこされている。

水槽の主であるプラナリアの一族が、二つの大きな目をぎょろぎょろさせて、環境の温暖化に対する深刻な危惧の念を抱きつつあった。

 トレンチコートの襟を立てておかなければどうにも様に成らないハンフリー・ボガードにはいささか辛い。

けれども胸毛と腹筋に自信満々のアラン・ドロンがヨットを操るには絶好の季節が、もうすぐそこまでやって来ていた。

 

 極東の島国ではじき学校の夏休みが始まろうとしている。

明日水爆で、何もかもが根こそぎ吹き飛ぶ心配は依然としてある。

だがこの国で暮らす大方の児童生徒は、受験の神様にひれ伏すような臆病者を除けば、世界情勢などどこ吹く風である。

彼ら彼女らは、疾風怒濤の狂熱を夢想しながら一学期の終業に向けたカウントダウンに焦れる日々を送っている。

 世界に目を転じて見ても実際の所、事あるごとに角突き合う東西両陣営の数多の国々でさえどうだったろう。

ホワイトハウスやクレムリンに巣食う自称選良達が、ママンが死んでしまう言い訳のため、水爆戦を太陽のせいにする。

近々、そんなアイデアを思いつきさえしなければ、全て世はことも無しだ。

大統領や書記長のママンは多分今日も元気で、楽しい夏季休暇に突入する手はずを整えつつあるに違いない。

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