第11話 綺麗なお姉さんは好きですか? 24

 「円さん酷い!!

全くそのつもりが無かったなんて。

私の初めてを奪ったくせに!」

枕もとの椅子に腰を下ろし顔を真っ赤に染めて俯いていていた橘佐那子がキッと面を上げて目から涙を溢れさせる。

ひっそりと三人の遣り取り聞きながら、随分な言われように顔から火が出そうな位に恥ずかしい思いをしていた佐那子である。

だがどうやら自己主張をしなければ年長者と言えども軽く番外扱いになることを悟った様だ。

円にとっては毎度おなじみの修羅場が開演した。

 「筋弛緩薬と麻酔薬のせいで、呼吸筋が麻痺して窒息しかけていた橘さんへの救命救急処置ですよ?

その何処をどう解釈したら、橘さんの初めてを僕が奪っただなんていう言い掛かりをつけられるんですか?」

「・・・ファーストキスだったのに。

ずっと大事に取っておいたのに・・・」

「まぁ奥様お聞きになりました」

「ええ、聞きましたとも。

本当に耳を疑いますわね」

「鬼畜の所業とは正にこの事。

奥様もそう思いませんこと?」

そうしてあっちの隅をつつき、こっちの小ネタを膨らませて、為にする修羅場が延々と続いたのだった。

 

 ルーシーも雪美も、円の“人工呼吸”を理詰めでは納得できる。

事実あの場では、それ以外の選択肢が無かったことも理解している。

佐那子の救命を優先して自分の止血が遅れ命まで失いかけた円を、頼もしく誇らしいとも思う。

しかしどうだろう。

ルーシーや雪美としては、円をめぐる厄介者が一人増えそうな事態に神経を逆なでされているのだ。

ふたりは自分たちも理不尽と自覚できているやり場のない怒りに治まりがつかないのだ。

 

 一方、およそモテそうにないチビな少年に、年甲斐もなく惹かれてしまった佐那子がいる。

大人げないとかどうして私がとか自分を疑いつつ、何の衒(てら)いも無く円にじゃれつく小娘二人が癪に障ることこの上も無い。

自分が円に惹かれている理由を『吊り橋効果的なベタな感情の高揚なのだろうな』との自己分析もできている。

自分の年齢を考えれば高校一年の坊やに恋愛感情を抱く無様を否定もしたい。

しかし大学を出て男社会でそれなりの実績を上げ続けて来た佐那子が強く惹かれた男。

その容姿からは想像できないことだが家族も手を焼く程の男勝りの佐那子が、ついに恋心を抱くに至った男。

それが円であることは佐那子自身が強く自覚する現在進行形の事実だった。

 

『普通の状況ならこの疼くような熱は早晩治まってしまうだろう。

だが今はよく思い出せないのだが、この自分には円とのっぴきならない時を過ごした感覚が強く残る。

それは幾時代も円と共に過ごしたかのような懐かしく切ない感覚だ。

いつかこの暖かいが痛みを含む感覚の意味を思い出せるまでは、円への想いをそのままにしておこう』


思春期の多感だった少女時代にすら覚えのないこの甘やかな感情の叢生を、しばらくは見守って居たい。

三人のじゃれ合いにため息をつきながら、そう願ってしまう佐那子である。

 とまれ、この先どうにも独占欲を満たせそうにないフラストレーション故だろう。

円の愛おしくも小面憎いその全身に、女性三人は名状し難いモヤモヤのパンチを存分に浴びせ続けたのだった。

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