第11話 綺麗なお姉さんは好きですか? 23
「解離性麻酔薬って言うんだそうです。
橘さんが筋弛緩剤と一緒に注射された麻酔薬。
先生が教えてくました。
橘さんは目が覚めてから暫く本当におかしかったんですよ?」
ついにその時がきた。
病院で目が覚めて一週間ほど経つ。
円は当初の瀕死状態から医師も驚く勢いで回復しつつある。
雪美とルーシーに読み込まれた橘女史とのエッチな記憶が、満を持して弾劾の俎上に上がる。
その時がきたのだ。
迎え撃つ円に遺漏のあろうはずがない。
何れこの日が来ることを予想し準備は万端だ。
そのはずだった。
「その麻酔薬はケタミンっていうんです。
普通の麻酔薬は大脳全体に効果が及ぶらしいんです。
だけどケタミンは、大脳皮質だけを麻酔して大脳辺縁系という部位は逆に興奮させちゃう変なお薬らしいんですよ。
ケタミンはあっちでなだめこっちであおるという。
そうしたアンビバレンツな性質を持っているので解離性ていう肩書が付いたそうです。
大脳辺縁系って言うのは食欲とか性欲とか記憶とか、本能や情動にまつわる行動を支配する領域です。
報酬系っていう快感の源とも密接に関係しているらしいですよ」
「「・・・で?」」
ルーシーと雪美は難しい表情をして円に先を促す。
「ケタミンで麻酔をかけると、人によってはとってもエッチな夢を見ちゃうらしいんです。
怖い夢を見る人も多いと言う話でしたが、橘さんはおそらく前者だったのでは?
そう僕は思うんです」
『ヨッシャ!完璧だ!』
科学的であり論理に破綻のない簡潔な弁明を展開できたと、円は鼻の孔を膨らませる。
「橘さんが麻酔薬の影響で正気を失ったと、マドカは主張したい訳ね。
けれども、それではマドカが公序良俗に反する猥褻でおぞましい情動に捕らわれて。
挙げ句、危うく刑法犯に成りかけた事実の説明になっていないわ」
「そうですよ。
マドカ君ったらいやらしい。
乙女を本当に手籠めにするなんて。
その手籠めは悪代官がやる手籠めです。
道徳、倫理、法律に反する悪い手籠めです」
円はふたりの理不尽な言いように呆れるより先に唖然としてしまう。
ふたりの双眸はモジリアーニの塗りつぶされたレモン型の眸のようだ。
新機軸の眼差しが円に注がれる。
「・・・驚いちゃうな、僕。
先輩。
刑法犯だなんて、僕の救命救急の頑張りをどう曲解したらそういう結論が導き出されるんですか?
勘弁してくださいよ。
それからミ・シ・マー・・・
おまえ、手籠めっていう意味ちゃんと分かってるじゃないか。
散々っぱら言いたい放題言いやがって。
人をコケにするのもいい加減にしろよ。
僕が何をしたんだって?」
「ひ、開き直りましたね。
マドカ君は童顔なんだからそんな顔しても怖くなんてありませんからね」
雪美はスッとルーシーの後ろに隠れた。
「・・・見えてしまった以上こちらとしてはきちんとした釈明を聞きたいものだわ」
ルーシーはひるまなかった。
「だって魅力的な女の人がなんだかすごく色っぽい感じで抱き着いてきて。
僕の耳元で十八禁な喘ぎ声を上げながら胸と腰を擦りつけて来るんですよ?
なんとなれば、橘さんは僕の命の恩人です。
なぜなら湧き上がるエッチな気持ちで、失われつつあった僕の意識は、まるで超新星爆発みたいにエネルギッシュに回復しましたからね。
え~え~、僕は脳の血管が切れるかと思うくらいエッチな気持ちになりましたとも。
だけど橘さんだって発情しちゃったのは、本意じゃないと思いますよ。
悪いのは橘さんに解離性麻酔薬を注射した森要ただ一人です。
んっな訳で、あの時僕はいったいどうすりゃよかったんですかね~」
「「本当に開き直ったわ」」
ルーシーと雪美が少し離れて並び口をすぼめて円を眺める。
“ガブリエル・デストレとその妹”みたいだなと思った瞬間、円は回路が形成されていることに気付いた。
「「ふけつ!」」
ふたりは手を放し自分の胸を隠すように覆った。
円は大きくため息をつきベッドの上で平伏した。
「ごめんなさい。
全くそのつもりは無かったのに、失血の朦朧とした意識のもと、僕は橘さんに懸想しました。
他所の女性に対して意馬心猿の失態をしでかしました。
愚かで軽薄なこの下僕めをどうぞお許し下さい」
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