第11話 綺麗なお姉さんは好きですか? 22
あのとき円とルーシーと雪美は、確かに回路を形成していた。
「「マドカ=マドカ君を傷つけたお前を許さない!!」」
ふたりが決め台詞を放つと同時に、何らかの力を森要に対して行使したことは明らかだ。
力の行使には円の連結が必須だがそのことが影響したのだろう。
ふたりが決め台詞を放った直後に円は意識を失った。
次に目覚めた時には、毛利邸の天井では無く病院の天井と向き合っていた。
「「確信は無かったのだけれども、それが出来ることは分かっていたわ」」
いつの間にかベッドサイドで椅子に座っていたふたりが手を繋ぎ、余った手はそれぞれが円の身体に触れている。
「「恐ろしいことに、わたし=わたくしたちが目にした森要の心は内側がのっぺりとしたがらんどうだった。
その清潔で寒々しい空間には、毛利ルーシーから向けられたと森要が信じる感情が、無限に反響する木霊のように響いていた。
森要の感受性がその時どんな類のお花畑に迷い込んだのかは、わたし=わたくしたちには分からない。
ただ毛利ルーシーからもたらされた感情を、森要が愛情であると誤解したことだけは間違いない。
わたし=わたくしたちですら憐れに思うが、森要が愛情と信じたそれは、普通に生きてきた人間なら見誤ることのない感情だったろう。
それは愛情とは異質な感情、憐憫や諦念に近い刹那の情趣だった。
毛利ルーシーの意識の根底には、森要に対して興味も関心もないという主観的認識があった。
有体に言えば毛利ルーシーにとって森要など塵芥、生き死にを含めてどうでも良い存在だった。
他ならぬ当事者たるこのわたし=わたくしたちが相互に確信しているのだからそれは明らかなこと。
しかし毛利ルーシーを観察すれば自明の理であることが、本来は聡明である森要には理解できなかった。
わたし=わたくしたちは森要の心の中で反射し続ける気持ちの悪い木霊をきれいさっぱり消し去った。
代わりに市井の人々が普通に持っている愛を。
暖かで光に満ちた美しい形象を。
純粋なまとまりとして、森要の空虚な心に注ぎ込んでやった」」
『ふたりともインファント島出身のミスター・スポックみたいだよ?』
心の中でツッコミを入れつつ、円はそれが森要にとって何の罰になるのだろうと首を傾げた。
「「円。
誤解しないで頂戴。
わたし=わたくしたちは誰も罰したりはしない。
わたし=わたくしたちは法律ではないし、ましてや神様でもミスター・スポックでもない。
円も良く知っているように、人の心は、感情は、愛だけで出来ている訳ではない。
どんな聖人君子だろうとおよそ人である限り、飽食、淫蕩、強欲、悲嘆、憤怒、怠惰、虚栄、傲慢という暗い要素をもっている。
それで当たり前。
陰があるからこそ光も輝きを増そうと言うもの。
己の陰を少しでも照らそうと人は生涯、光を求め続ける。
・・・森要は陰無き者に成った」」
円にはふたりの言っている事が何を意味しているのか、全く見当もつかなかった。
「「森要は愛の化身としか表現のしようのない純粋理性を持つ生き物に成ったはず。
あれは最早人間といえるモノではなくなったのかもしれない」」
天使のように微笑むふたりを見て、円はちょっぴりちびったかも知れない。
円は目をこすった。
ふたりの背中に白い羽なぞついてはいない。
頭の上に金色のわっかも浮かんでいない。
それを確認して円は安堵の胸をなでおろした。
そのかわり、ふたりのお尻には先のとがった黒いしっぽ生えているに違いない。
円はふたりに覚られぬよう注意深くこっそりと確信したのだった。
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