第11話 綺麗なお姉さんは好きですか? 20

 

 「マドカは何も気に病むことは無いわ。

マドカは一人で頑張ってユキとわたし・・・。それから橘さんの命を救ってくれた」

「そうですよ。

マドカ君が助けに来てくれなかったら、きっとわたくしたちふたりは一巻の終わりでした。

シリアスに貞操の危機でしたとも。

マドカ君に、そんな風に思われちゃうと嬉しくてあれですけどね。

わたくしが殴られたのはあの場合、変態を殲滅する為には避けられない必然だったのですよ。

牛尾い棒の電撃が効かないのは誤算でした。

けれども、そもそも変態がわたくしをルーさんを戴いた後のデザートにって考えたのが大きな間違いです。

殴られて床に転がってはいましたけれど屈辱感は程良い敵愾心に昇華しましたよ?

助けに来てくれたマドカ君にダメージマックスのタイミングを指示できたんですからね。

明かりがついたと同時にゴーですよ。

橘さんもグッジョブでした」

雪美は泣きそうな円に『どんなもんだい!』と胸を張ってみせた。

花も恥じらう乙女が口にするのは如何なものかと心配になる表現を含む雪美の解説である。

『橘さんのタイミングは偶然では?

それに三島さんは床の上でぼーっとしてただけじゃん』

そうツッコミたいところだった。

だが円は、それを承知で軽薄に振る舞おうとする雪美の気遣いに、らしくもなく心を揺さぶられる。

「わ、わたしだって森要に押し倒された後。

鬼の様な形相で部屋に飛び込んでくるマドカが目に入りましたからね。

あのときわたしがキャーキャーわめいていたのは、森要の注意を引き付けるため。

・・・揺動ですよ?

そりゃ、気持ち悪いのと恐ろしいのとがごちゃ混ぜになっていて。

ユキが殴り倒されて森要がいやらしい笑顔で迫って来た時には、もう死んでしまおうとさえ思ったわ。

でもね。

マドカが助けに来てくれたって分かった時には、トムに罠を仕掛けたジェリーと同じくらい冷静になって気分も高揚したの。

だからこそ囮の任務を達成できたのよ。

そんなにおかしそうに笑わないで頂戴。

わたしが解き放ったコロラチュアソプラノの絶叫が、森要の蝸牛神経に激震を与えたのでマドカの奇襲も上手くいったのだわ」

 円は『全然奇襲にはなってませんでしたけど』と思う。

『ふたりともあの修羅場の記憶を随分と手前味噌な調子で編集をしているな』とも思う。

だが円は心の底から、自分がこのふたりの賢く手強い少女たちと、友情以上の絆を築けていることに感謝した。

「そうですよ。

さらにですよ。

今や、マドカ君の身体の中にはわたくしたちふたりの血液がとうとうと流れているではありませんか!

マドカ君はわたくしたちの命の恩人であることは確かです。

けれども、わたくしたちだってマドカ君の命の恩人です」

雪美が誇らしに胸を張る。

「マドカらしくもない。

そんなに恐縮しないで下さいな。

マドカがわたしたちのために流した血の事を考えればそれはちっぽけなこと」

「ルーさんがおっしゃるとおり。

これでめでたく、マドカ君の身体の一部はわたくしたちの出先機関になっちゃった訳です。

考えてもみて下さい。

マドカ君と言う個体には、美少女二人分の熱き血汐が混ざっちゃってるんですからね。

熱き血汐に触れるどころか注入しちゃったんです。

これからはどんな時だってマドカ君は寂しいなんてことはありません。

わたくしたちに減らず口叩いてる暇もないですよ?

もうおひとり様の身体じゃないんですからね。

ぽっ」

「・・・ユキの見解はちょっとあれだけど、最後の所だけはわたしも同感。

もうマドカはマドカだけのものじゃないの。

だからこれからはあまり無茶しないでね」

 円は、なんだか急にしおらしくなってしまったルーシーと雪美の儚げな微笑みの照射を受ける。

感謝の気持ちとは別次元で、円の心拍数は断崖絶壁から下を覗き込んだ時と同じ理屈で跳ね上がる。

喜びよりは少し煩わしさと恐怖が上まわる。

だが今の所、円の血圧は失血の影響で、病み上がりの乙女並みの可憐さだ。

だらけた心臓に少々の活を入れる為に、それはいっそ好都合と言うものだった。

 まだまだお子様の円にはルーシーと雪美の真意が理解できない。

ルーシーと雪美には気の毒だが、円がふたりの少女と肩を並べるのは遠い未来のことになりそうである。

 


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