第11話 綺麗なお姉さんは好きですか? 18

 「知ってる天井だ」

目を開くと見覚えのある天井がそこにあった。

「「「まどか!」」」

三声のシンフォニアと言う言葉が頭に浮かんだ。

音が飛んできた方に視線を向けると、双葉とルーシーと雪美の顔がある。

嬉しそうではあるが、泣き過ぎたせいだろうか。

腫れぼったくなった目が六つ、串から抜いたみたらし団子みたいに並んでいた。

「そういや、お腹減ったな」

死にかけてすら、懲りると言うことを知らない円だった。

 

 「これで当面の検査は終わりかな。

あんまりこう言う所には来ない方がいいのだけどね。

今回は生きてるのが不思議な位の出血だったんだぜ。

医者である僕が言うのもなんだけど、生理学の教科書が間違っていてよかったよ。

別件の手術があって手持ちの血液を使えなくてね。

ホント、血が足りなくて、お嬢さん方二人に協力を仰いだ。

ふたりともAB型RH+で交差適合試験もクリヤーできたのは実にラッキーだったよ。

お嬢さん達から貰ったクリーンな血液を全部入れたところで、これまた不思議なことに血圧を持ち直したんだよ。

輸血を介した血液感染症は怖いからね。

他所さんの血液は使わなくてすんだのさ」

前回の入院時にも世話に成った医師が長髪をかき上げて、カルテから円へと視線を移した。

医師は緑色のクレンジングガウン姿だ。

無精髭としょぼついた目を見る限りでは、当直明けのお医者様と言うよりはバリケードの内側で徹夜した全共闘の学生の様に見える。

 お大事にと大あくびをしながら立ち去る医師や機材をカートに乗せた看護師と入れ替わりで、双葉が病室に飛び込んでくる。

まずは双葉から説教を食らう局面と成った。

「あんまり姉さんに心配かけないで頂戴。

あなたが高校に入って以来すっかり老け込んだ気がするわ。

鏡を見るのが憂鬱な位。

ルーちゃんから電話を貰った時にはサティの“ジムノペディ”が目の奥でぐるぐるとね。

病院でルーちゃんとユキちゃんふたりに事の次第を説明して貰った時には“コープランドの市民の為のファンファーレ”が鳴りかけたけど、それはまやかしだわ。

あなたの勇気ある行動を誉めてあげたい。

けれどね・・・私・・・私達を泣かせるような真似は金輪際しては駄目」 

 円の意識が戻った後すぐに医師が呼ばれ、ベッドサイドで安堵の涙を流していた女性陣トリオは病室の外に追い出された。

問診やら神経学的な検査やらがだらだら続いた。

円は『こんなことならもう少し意識を失ったままでも良かったかも』とげんなりした気分になった。

見慣れた天井の何処かに染みでもあれば少しは気も晴れるだろう。

円は目を凝らしてみたものの、視線の先は天使の羽のように真っ白だった。

 一方、病室から追いだされた女性陣トリオだったが、円についてはしばらくは入院することでもあるしと、双葉が大人な対応に出た。

「円と話せるまでここにいる!」

双葉は癇癪持ちの幼稚園児よろしく駄々をこねるルーシーと雪美をなだめすかし、いったん病院を引き取らせたのだった。

「だって二人ともどろどろのべたべただったのよ。

ユキちゃんなんか殴られて顔が腫れてるし、ルーちゃんも抵抗して暴れた時に付いたのね。

手足の見えてる部分だけでも傷や痣だらけ。

でも大丈夫。

きちんと治療していただいたしふたりとも跡は残らないそうよ。

ユキちゃんのお父様が迎えにいらしてね。

お家で一人になってしまうルーちゃんは、ダイダラボッチが帰国するまで責任もってお預かりしますって、おっしゃって下さったわ。

警察の事情聴取もお付き合い下さるって。

やあねぇ。

あなた、何を言うかと思えば。

ユキちゃんのお父様がダイダラボッチなんて言うわけないでしょ。

それに散弾銃なんか持ってらっしゃらなかったわよ。

あなたを撃ち殺すどころか退院したらお礼に伺いたいって。

それは恐縮なさってこっちがいたたまれない位。

こう言っては何だけど、ダイダラボッチと違ってとても紳士的で素敵なお父様だったわ」

双葉は前回の入院騒ぎの時にルーシーの父親と揉めたことを、まだ根に持っている様だった。





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