第11話 綺麗なお姉さんは好きですか? 17

 「おまえ、まだ生きてたのか?」

森要は、背後に迫る荒い息ともつれるような足音に気付く。

眩しそうに目をすがめつつ後ろを振り返る森要が、驚いたような声を上げる。

「先輩に何してんだ。

三島さんにも酷いことしやがって!

ぶっ殺す!」

円、決死の吶喊(とっかん)だった。

「ならば丁度いい。

ここで引導を渡してやるよ!」

森要の端正な顔立ちが卑しく歪む。

「先輩よけて!」

「マドカ!」

ルーシーが叫び森要の手元でアーミーナイフが光った瞬間だった。

ガラスの澄んだ破砕音が響き室内の光量が半分ほど落ちた。

 照明がついて我に返ったのだろう。

辛うじて床に座り直していた雪美が、痛む頬を抑えながら呆けたような顔で高い天井に目を向けている。

そこには森要の腰にしがみ付いた円が、ふたりして宙に浮ぶ姿があった。

森要の胸から上はシャンデリアの中に突っ込んだ形で、両の手はだらりと垂れ下がっている。

取り落としたアーミーナイフは床に突き刺さっている。

どうやら森要は気を失った様だ。

円が一撃で相手を倒したボクサーがやるように大きく息をつく。

美雪は目をぱちくりさせて、ゆっくりと天井から舞い降りる円と森要にふらつきながらも駆け寄る。

森要を放り出し床にへたり込む円にほぼ同着でルーシーと雪美が抱き着き、ふたりはまったく同じトーンで泣き出した。

 三人で抱き合うと同時にルーシーと雪美は円と佐那子への襲撃を知った。

森要の顔面にはシャンデリアのガラスで切ったのか一筋二筋血の滴りがあったが、酷い出血があるようには見えない。

頭部を強打して脳震盪でも起こしたのだろう。

今のところ意識は無い様だったが呼吸は正常だった。

円はと言えば、先程敢行した決死の突撃で余力を使い果たしたのは、今更問うまでも無い。

ふたりの美少女が大泣きしながら痛いくらいの力で自分に抱き着いている。

柔らかな感じと熱い感じと良い匂いの感じが『命と引き換えのご褒美としたって悪くは無いな』と思える。

「馬鹿なマドカ君」

洟をすする雪美の小さな擦れ声の意味が分からなくなっている円ではあるが、ちょっとどころかかなり幸せである。

 正気を半ば取り戻した橘女史に、野戦訓練仕込みの止血処置を施こしてもらってはいる。

けれども瀕死の幸せ者はもう立ち上がる事が出来そうになかった。

円は失血性ショックが結構気持ちが良いことを先程から実感している。

この快美な朦朧が大量に血液を失ったことによるものだとは認めたくない所だった。

美少女二人の熱き血汐がもたらした恍惚と思いたい。 

 意識を失くす前に、気の利いた台詞をイッパツかましてふたりの尊敬を勝ち取ろう。

そうして乙女の感涙を絞り尽くそう。

などと言う下衆な下心を抱いたことが幸いしたのかもしれない。

『感謝しつくされるまではまだ死ねない』

もうひと踏ん張りの気力を円はなんとか都合してみせる。

「せっかくのレリックのシャンデリアだって言うのに・・・これじゃ台無しですよ。

・・・もうちょっと軌道をずらしゃよかった。

ねえ・・・先輩。

割れちゃったシャンデリアのかけら・・・記念にひとつ貰っていいですか?」

カッコよく決めようと思った台詞とは、似ても似つかぬ減らず口が口をついて出る。

「「あなたって子は」」

しゃくり上げながらルーシーと雪美が放ったお叱りは完全に同期している。

「「わたし=わたしたちには分かってるのだから、そこは照れない!!」」

頭の中がぼーっとしていたせいもあるだろう。

ふたりと密着している今、思考がだだ洩れであるのを、円はついうっかり失念していた。

『おふたりのためになら喜んで僕は死ねるんですけど。

そうやってほっぺすりすりされると。

ほら、おふたりの鼻水が付いちゃうのはちょっと嫌かも』

左右の二の腕が同時に抓られたので、円はかすむ目で天井を見上げ、軽くため息をついた。

 

 低い唸り声が聞こえ、森要の意識が戻りつつある様子が伺われた。

「「マドカ=マドカ君を傷つけたお前を許さない!!」」

流れるようにシンクロした動きがそこにある。

ルーシーと雪美は片手で円に強く抱き着いたまま、もう片方の掌を両側面から森要の頭に押し付けた。

『遠くから救急車のサイレンが聞こえてくる。橘さんが呼んだんだな』

一瞬の間を置いて円の意識の真ん中で暖かな光が爆(は)ぜて、認識のブレイカーが落ちる。

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