第11話 綺麗なお姉さんは好きですか? 16

 「牛尾い棒で後ろから俺を襲うのは酷くないのですか。

知ってましたけどね。

スタンガンと聞いてましたが牛尾い棒だったとはお笑い草です」

森要は倒れたまま動かない雪美に、目をやることも無くゆっくりルーシーに近付く。

「洋裁用のトルソにウイッグをかぶせてワンピースを着せる。

雪美さんという見立てですか?

そうしてふたりで抱き合って震えている。

そんな構図でルーシーさんがこちらに顔を見せる。

貴女の顔をぼんやり浮かび上がらせる光量を絞ったランプの位置も絶妙ですね。

自らおとりになって俺の注意を惹き、背後から雪美さんが牛尾い棒で襲撃するっていう手はずでしたか。

短い時間に良くそれだけのことを考え付きましたね」

森要は身に着けたベストを軽く叩いて見せる。

「この防刃ベストは絶縁仕様なんですよ。

スタンガンレベルの電撃なら防げます。

ルーシーさんがスタンガンを手に入れたことは教えてもらってましたから」

「どうしてそれを・・・

内通者?」

ルーシーは大きく目を見開いた。

「俺は女の人と仲良しになるのが得意なんですよ。

外にいた橘さんと・・・貴女や雪美さんくらいなものです。

上手くいかなかったのは」

「それはご愁傷様です。

わたしは森さんにはまったく興味がございません。

わたしの心と魂があなたの存在を生理的に受け付けないことは、教育実習生として学校にいらしたときから変わりません。

あなたの姿を見るだけで吐き気さえ催します。

なんとおっしゃられようと、わたしが森さん好意を持つことなど天地が引っ繰り返ってもありえません。

どうか悪しからず。

わたしが生涯を掛けて愛することを誓った殿方はただ一人です。

その方を森さんと比べるなど笑止!

可笑しくて可笑しくてお臍がお茶を沸かします。

取り返しの付かないことになる前にどうぞお引き取り下さいな」

森要はノクトビジョンを付けたまま表情を歪める。

足元の小さなランプの光だけですらルーシーの澄ました表情が妙に癇に障った。

『癇に障る?』

森要は自分の内面に広がる暗がりの奥に、人らしい感情の萌芽をまた一つ、見出したのかも知れない。

「俺はねぇ。

あの春の日の午後、休み時間の廊下で貴女が俺に向けた微笑みに、真実があったことを知っているんですよ。

ルーシーさん。

貴女は俺たちの出会いからずっと、自分の本当の心を偽っている」

「このわたしがあなたに微笑む?

とんだお笑い草だ痴れ者!」

円にはとても聞かせられない音律の嘲笑がルーシーの唇からまろび出て醜く表情が歪む。

だが、森要はルーシーのザリザリと人格を削りこんでくる悪意に、怒りや怖気より興奮を覚えた。

森要はルーシーが抱きしめているトルソを払いのけると肩を掴んでその場に押し倒す。

「少女趣味に淫していくら純愛を気取ったとしても、エロスは常に背中合わせで自己主張の機会を狙っているものですよ。

恥ずかしい気持ちは分かりますが、今すぐに貴女の心の内に隠された俺への愛に気付かせて差し上げます。

俺のテクニックはご婦人方にはすこぶる好評なんですよ?」

「お下がり下郎!

汚らわしい!

今すぐわたしから離れろ!

×△□●◇×▲~」

ルーシーらしからぬ、絹を裂くような金切り声が辺りに満ちる。

森要は耳をつんざくルーシーの悲鳴に少し唇を歪める。

だが同時にゾクゾクする様な高揚感とともに嗜虐的な哄笑が腹の底から湧いて出るのを止められない。

こうした大きな感情の歪みやうねりは、おそらく彼にとっては生まれて初めての経験に違いない。

森要は身の内に漲(みなぎ)った下賤な興奮の力動を、高笑いで言祝ぎながら一頻(ひとしき)り楽しんだ。

 これから始めようとしている行為の邪魔になると考えたのだろう。

喚き散らしながら暴れるルーシーに体重をかけて太ももと膝で抑え込むと、森要はノクトビジョンを外す為に腕を持ち上げる。

絶妙のタイミングだった。

いきなり屋内の照明器具に灯が入ったのだ。

這うようにして配電盤に辿り着いた佐那子の仕事である。

「・・・」

森要はノクトビジョンを引きむしる様に外すと両手で目を抑える。

暗闇の中、突然天井の照明が灯ったことで入力負荷が起き、網膜に増幅された強い光が当たったのだった。

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