第11話 綺麗なお姉さんは好きですか? 15

 「ルーシーさん。

随分とお待たせしてしまいましたね。

一年ぶりになりますか?

僕が居なくてお寂しいのは分かりますけれど、浮気は良くないですね。

あなたには少しお仕置きが必要だと思い、こうしてまかり越しました」

森要の明るく澄んだテノールはまるでスポットライトの点灯を待つ役者の台詞のようでもある。

禍々しくも爽やかな声が、全ての照明が落ちた屋敷の中に響き渡る。

 

 「あいつの声だわ。

円と橘さんはどうしたの」

暗闇の中でルーシーは明らかに動揺していた。

円や父親の前では何かと強気なルーシーである。

だが、思えば彼女はまだ十七歳の少女に過ぎない。

「橘さんは元自衛官ですよ?

自衛官と言う事は兵士ってことですよ?

兵士と言う事はサンダース軍曹みたいな戦闘のプロって事ですよ?

戦闘のプロがチンピラで変態な若造に負けるわけありません」

雪美が自分に言い聞かせるように声を震わせ、ルーシーの手を強く握る。

「それにマドカ君が一緒です。

なんだかんだ言って、これまでもそうだったように彼は頼りに成る奴ですよ」

『ではなぜマドカは今ここに居ない!』

そう出掛かる言葉を辛うじてのみ込み、ルーシーはしゃくりあげるように深呼吸をする。

すると強がりながらも傍らで小刻みに震える雪美の体温と甘やかな体臭が、恐怖で遮断されていた感覚をすり抜けるように知覚される。

動揺が完全に収まる訳では無いが、雪美の健気が伝わって来ると頭の芯がスーッと冷える。

この恋敵兼妹分と共に円の元へ早く行かなければという思いだけが頼りになった。

 『敵に立ち向かおう』

ルーシーは危機打開を決意し小さな拳を握りこむ。

「・・・そうね。

ドジな奴だから困ったことになっている可能性もあるわね。

わたし・・・いいえ、わたしたちがいないとグズグズする坊やだし」

「ですよ。

変態はわたくしたちでやっつけちゃって、はやいとこマドカ君のとこに行って遅いぞって叱ってあげて・・・それからよしよしって抱きしめてもらいましょう」


 「アッ」という軽い悲鳴とバチバチと電気がショートする耳障りな音が、暗闇を照らす青白いスパークと共に辺りに弾ける。

「やった?」

「やりました!

きゃっ・・・」

一瞬、成功したかに見えた奇襲攻撃は案に相違して失敗に終わる。

床に倒れ伏すと思われた森要が、素早く起き上がると振り向きざまに雪美を殴りつける。

情け容赦ない一撃だった。

雪美はバットの様な棒を手にしたまま音を立ててころがる。

「女の子を殴るなんて酷い!」

ルーシーが、抱きしめている女性の肩越しに怒りを露にする。

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