第11話 綺麗なお姉さんは好きですか? 12

 森要の大きくて立派な器に色彩のある感情が注ぎ込まれることは、かつて無かったしこれからも無いだろう。

生まれてこの方、カラカラに乾ききった器の底は砂漠のように静謐だった。

人格破綻者やサイコパスの、内に注がれた感情を到底留め置けない、笊(ざる)や破れ鍋のごとき心の方が、森要のそれよりまだしも人間的と言えたろう。

もし彼が人として全き幸せを望むなら、ブリキの木こりが胸に抱いた憧憬がどうしても必要に違いない。

 

 森要は、小動物を遊び半分でいたぶり最後にはなぶり殺しにする猫程にも、彼が気紛れにもて遊んでみる女性達に関心を持たない。

彼の人物像を“友情に厚く信義を重んじる男”と信じて疑わない自称友人達には更にも増して無関心だった。

 実のところ森要は状況に流されるままの毎日に倦み疲れていた。

男女を問わず青春中毒ではないかと呆れかえらずにはいられない連中のハイテンション振りに、いささか辟易していた。

 だが彼はそうとは意識せずに、ウツボカズラよろしく捕虫袋の中へ勝手に落ちて来た女性を溶かしては、なにがしかの養分に変えた。

同級生の友達ごっこに惰性で付き合うまま、知らず知らずのうち傀儡子(くぐつし)としての腕も上げて行った。

 考えて見れば、捕虫袋に飛び込んだ女性や友達ごっこに夢中になった者達は、そこに森要がいるだけで幸せいっぱいになったのだ。

さすれば、事の良し悪しを問うたところで是非もない。

 

 学業についてはそれまでの学校生活と同様、三年間与えられた課題をそつなくこなした。

森要は彼なりの高校生活を満喫する。

そうして、どんな秀才でも最前線で銃を取らざるを言えない受験戦争を、戦いの遥か後方で飄々と過ごして終えた。

森要は森要なりに高校の三年間を楽しみ、当たり前の顔をしながら東京の最高学府に進学した。

 森要の大学生活はと言えば、仙台から東京へと河岸を変えただけのことだった。

高校の頃と何も変わらず、頼みもしないのに目の前に転がって来る“ウツボカズラ案件と友情ごっこ遊び”に終始する日々となった。

 森要自身としては正直なところ、他人との関わり合いには興味が無いし、恋人も親友もまったく必要として居ない。

だが当人にはそのつもりが無かった事実は別として。

郷里に居た頃より以上に森要を知った者が男女を問わず彼に魅せられたのは、どうしたことだろう。

正気を失ったかのように、彼らは身も心も焼かれたいと熱望して、森要が灯す冷たくも輝かしい炎の中に自ら進んで飛び込んで行く。

 

 東京でも森要は、自ら積極的に動くことは無かった。

それでも彼は誰もが認める好青年として、捕虫袋に落ちた女性達からは相も変わらず、憎まれることも嫌われることも無く、ただひたすらに愛され尽くされた。

同時に、青春を共に謳歌していると錯覚した友人達からは、唯一無二の親友のごとく大切にされもした。

 大学では特に親し気にしてくる友人に誘われて教職の過程を選択した。

もしその友人が司法試験を狙っていれば法曹へ、上級職を狙っていれば官僚の道へと森要の未来は変わったろう。

こうして森要が歩む人生行路は、野球を始めた小学生の頃の構図と何一つ変わること無く、粛々と進んで行った。

 森要は成人してもなお幼い頃のまま、虚ろでからっぽのままだった。

 

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