第11話 綺麗なお姉さんは好きですか? 3

 

 「・・・すると先輩は森要と接近遭遇しちゃっていた訳なんですね」

「・・・それならば、ルーさんの行動の意味やマドカ君を監視している探偵さんがいたことも納得です」

ルーシーから明かされたここ二週間ばかりの状況の変化に、しばらくは言葉を失う円と雪美だった。

 ふたりとも改めて、非日常的な事態に一人置かれたルーシーの孤独と恐怖を思い、慄然たる気持ちになる。

慎重に秘匿されているはずの昨春の事件が、かなり早い時期に円の知るところと成っている。

加えてその情報が雪美にも共有されていることは、ルーシーとしても大きな驚きだった。

「ふたりが森要のことを知っていたのならまどろっこしいことをしなくても済んだのにね。

それにしてもマドカやユキの親しい同級生が前会長の弟さんで・・・小金井マターの黒幕だとは。

世間は狭いものね」

「いやそれは。

荒畑が悪友であるのは事実です。

やつはやつにしか分からない筋が一本どころか、二本も三本も通っているデガダン小僧です。

不逞(ふてい)の輩ではありますが悪い奴じゃありません。

小金井の件では、僕が悪いのだから先輩と三島さんに直ぐ謝りに行けと叱られちゃいました。

事件の事を聞かされたのは、先輩に本気で関わるのならそれなりの覚悟を持てという奴なりの気遣いでした。

荒畑は僕の甘い了見を心配したんだと思います。

事件については僕も腹に収めて墓の中まで持って行くつもりでした。

・・・だけど間違ってたんです。

僕は森要のことを知っていたのですから・・・先輩の大事にもっと早く気が付かなければならなかったんです」

「マドカ君の言う通りですよ。

荒畑君は善人ではないかもしれませんが、一種独特の倫理観で自分を律しています。

ためにする悪事を働く人ではありません。

一瞬ですが覗いちゃいましたから確かです。

それにルーさんの事件のことだってマドカ君は余程心の奥底に沈めていたのでしょう。

『良いよ』って言うマドカ君の意志がないと読み込めない情報でした」

「ふたりともありがとう。

随分と心配をかけてしまったようね。

その荒畑君って、ちょっと怪しい人みたいだけれども・・・。

ふたりのお友達にまで気を使ってもらって、何だか嬉しい。

去年あんなことがあって、わたしは自分に降り掛かった理不尽を随分恨んだものだわ。

倦み疲れていた女子校という村社会を飛び出て、新天地で一旗揚げよう。

そんな風に考えていた自分が、とてつもなく愚かに思えて、凄く辛かったの。

何だか人との関わり合いが怖くなって、友達をつくろうとも思わなくなってしまった。

世界が色を失ったように感じられたわ。

わたしを心配した父からは留学の話しも出ていたの。

そんな話に乗るのも『良いかな』って思い始めていた時だった。

失敬な下級生にいきなり抱きしめられたのは」

ルーシーの表情が和らいで、何か優しい思いが心に萌(きざ)したかのようだった。

「それは間違った解釈では?

あれは出会い頭の事故だった訳で、何の考えも無しに咄嗟に手が出ただけですよ?

別に抱きしめようなんて大それたことを考える余裕なんて、僕には無かったんです!」

「抱きしめるって、マドカ君が乙女を手込めにしようとするときの常套手段です。

わたくしの時もそうでした」

「三島さん、な、なんてこと言うんだ!

手、手籠めだなんて・・・清純派が軽々しく口にして良い言葉じゃないよ!」

「手込め。

1、暴力で害をくわえること。

2、らんぼうなしうち。(*三省堂:国語辞典)

辞書にはそう書いてありますけど、マドカ君はいったいどんな意味だと思ったのかしら。

それにわたくしは清純派ではありませんし」

「・・・どんな意味と言われても。

・・・百歩譲ったとしてもだよ。

僕はふたりに暴力で害なんてくわえてないし、らんぼうなしうちもしてないよ!」

ルーシと雪美は目を合わせて頷(うなづ)き合う。

まるで大輪の花が咲くようにふたりの顔がほころぶと唇から真っ白な歯が覗く。

「「あなたに手込めにされて嬉しかったの!」」

 円はがっくりと肩を落とす。

月並みだとは思ったが、頭の中で“トッカータとフーガ ニ短調”の冒頭、パイプオルガンの印象的旋律が殊更の重低音で鳴り響いた。

「ほらどう考えてもおかしいでしょ?

論理的に考えたって今の発言、全然意味が通らないじゃないですか。

手籠めにされて嬉しかったなんて形容矛盾も良いところです。

日本中の誰に聞いたってギョッとして、言った人の正気を疑いますよ?

明治生まれのおばあちゃんなんかが聞いたらマジで卒倒するかも。

絶対に言葉の選択を間違えてます!よ?」

 “遠くへ行きたい”の歌詞がしみじみと思い起こされる。

永六輔は女難の相があるのかもしれないと親近感を覚える円だった。








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