第11話 綺麗なお姉さんは好きですか? 4

 

 「マドカに手込めにされてからなんだか急に人が怖くなくなったわ。

いいえ、むしろ懐かしくなって、こんな自分でもなんだかやっていけそうな気持になったの」

『サクッとスルーかい!』

円は本当に眩暈(めまい)がしてきた。 

「世界が色と音を取り戻したんですよね。

ルーさんとは全然違うんですけど。

わたくしも惰性で日常を過ごしていたというか。

毎日が退屈でつまらなくて、色も音も無くて・・・。

そんなときでした。

偶然、マドカ君に手込めにされていきなり世界に色と音が降りてきました」

「・・・それどう考えてもおかしいから。

手籠めってその言葉の使い方。

ふたりとも決定的に変だからね。

えっ?

もしかしたら悪代官が若侍の許嫁に横恋慕してやらかしちゃいました的な僕の解釈が変なの?

ほら、娘の帯をグルグル解いて『あれーっ』って言わせるやつ」

「「・・・」」

「誰か僕の話しを聞いてよ。

僕の心を助けてよ!」

「「・・・」」

円に最早打つ手は無いようだった。

ふたりは更に悪ノリして、大げさで危ない言い回しで台詞を投げ合う。

それはまるで卒業式の掛け合いのようだ。

「マドカに手込めにされてからわたしが孕んだ能力は、わたしの世界を大きく広げたわ。

これから何が起きるのだろう?

わたしたちの未来には何が待っているのだろう?」

「マドカ君の手込めは本当に良い手込めでした。

手込めに会って以来私の毎日はワクワクドキドキに満ちています」

円はソファーの上で、膝を抱えて身体を前後に揺らしながら何やらブツブツ呟きだす。

ふたりはそんな円を華麗に無視して掛け合いを続ける。

「すこし浮かれすぎてしまってマドカを怒らせた時には、血の気が引いたわ」

「わたくしも始まったばかりの新しい人生がいきなり終了かと、気が狂いそうでした」

「どうしよう、どうしようって思っている内にユキとも気まずくなって。

今度はひとりぼっちがとても怖くなっているわたしがいた」

「マドカ君に謝る勇気もなくてわたくしの世界は再び色と音を失いました」

「怖くて怖くて、わたしはおどおどしながら周りを見回してみたわ。

そうしたら、わたしを諦めないでいてくれた人たちがいたの。

・・・変でしょう?

おともだちが何人もできたわ。

マドカから距離を置かれたことは、結果としてわたしにとっては良い薬だったかもしれない。

マドカに対してもマドカ以外の人たちに対しても。

『そうだったのね』というわたしの気付きは遅かったけれど・・・。

わたしは自分の犯していた過ちを理解した」

「ルーさんにとっては正に『エウレカ!』じゃないですか。

わたくしもかなりパニクってしまって、自分の事だけでいっぱいいっぱいでした。

ルーさんの事もちょっと疎ましく思ったりして。

手込めにされる前の様になっちゃうんじゃないかって不安で哀しくて・・・」

「マドカを見失った時、マドカというわたしとユキの支点で有り重心であり・・・。

愛情を注ぐ器でもある存在は、もうわたしたちと一体になっていたの。

マドカが決して分かつことができない自分の半身であるということ。

わたしはそれを身に染みて思い知らされたわ」

「やっと認めましたね。

プラトンは男女を二つの性に分かたれたものとして人を考えました。

だけど、わたくしたちは三分割されちゃったんですよ。

きっと」

「饗宴?

あなたがしゃしゃり出てこなければ、お約束通り二つに分かたれた半身同士の出会いだったのにね」

ルーシーはちょっと意地の悪い横目で雪美を見る。

「ルーさん酷い!」

「冗談よ。

三人でサークルになって手を繋ぐと、わたしとユキの意識って、完全に溶け合っちゃうじゃない。

ユキのプラトン的解釈は案外当たっているのかもしれない」

「・・・単なる思い付きですけどね。

でもホント。

そうかも」

 ルーシーと雪美がふたりだけの世界に没入している間に円は立ち直っている。

双葉に鍛えられた円のメンタルは起き上がりこぼしのように重心が低い。

言い換えれば頭が軽いので倒れにくく立ち直りも早いのだ。

シュークリームを口いっぱいに頬張ってハムスター化した円の頭の上には、特大のクエスチョンマークが浮かんでいる。

「わたしたちの分かたれた半身には、まったく理解されていないようだけれどもね」

「時間はたっぷりありますよ?

わたくしたち好みにじっくりと育て上げましょうね」

「マドカ、言いたいことがあるならちゃんと聞いてあげる。

だからものを頬張ったまま話そうとするのはおやめなさい。

お行儀がわるいわ。

話を元に戻すわね。

マドカを見失って内省せざるを得なくなった丁度そのころだったの。

友人と用を足すついでに府中の駅前まで出た時の事だったわ。

マドカと離れることでできた友達・・・。

わたしって何様のつもりだったのかしらね・・・。

親しくしていただいている友人を見送ったタイミングで、いきなり目の前に森要が現れたの」

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