第11話 綺麗なお姉さんは好きですか? 2

 「マドカも懲りない奴ね。

初対面の女性に臆面もなく色目を使うなんて」

「そうですよね。

ちょっと浮かれた感じがしたものだから確かめて見たらあんのじょう」

「淑女諸姉が何を言ってるのか僕にはさっぱりだよ」

円は目を揺らしながらうそぶいた。


 「お嬢様が今日はお二方もご友人をお連れになりました」

キミさんが日向のような笑顔で、ウエストのシュークリームと香り立つアールグレイをサーブしてくれる。

テーブルのセットは完璧だ。

するとキミさんが迎えに出なかったのは、おやつの準備を手早く進めるためだったのだろう。

 「ユキがその気で手を繋いだのよ?

誤魔化せると思って?」

「・・・すると僕には美しい花を愛でる自由すら無いと仰るわけで?」

四本の視線が、神の雷霆(らいてい)と見紛(みまご)う怒りの鉾先となって、円の意気地にグサグサと突き立つ。

円は脊髄反射の勢いで土下座を敢行した。

 「マドカ君、随分と土下座がお上手になったこと」

「ふーちゃんが水戸黄門や大岡越前の大ファンだからね。

見よう見まねさ。

もちろんふーちゃんに対しての実践も豊富だよ?」

ジュータンの上に這いつくばった円は、そのまま顔だけ上げてニヤリと笑ってみせる。

「マドカに心からの謝意を期待したわたしがバカだったわ。

その辺りの心の在り方については、これからじっくり躾けることにしましょうね、ユキ?」

「はい。

お姉様!」

「どんな躾ですか?

それに何が、はいおねー様だよ、ミ・シ・マー。

ふたりとも思春期のボーイをなめくさってると後で痛い目見るからな。

『男子三日会わざれば刮目して見よ』って言うだろ。

僕だって成長期なんだ。

もうしばらくすると成長痛で「足が痛いや」って笑いながらにょきにょき身長が伸びるし。

朝倉のメニューをこなして筋肉だってもこもこする予定なんだ。

ターザンみたいになった僕が、あんなことやそんなことを君らにしちゃうよ?

泣きながらごめんなさいって慈悲を乞い求めたって、その時はもう遅いんだからな」

 実のところ“丸投げ”を決めた円にとって、ふたりとの関係性は以前より気楽になっている。

それだからこそ飛び出した軽口と言える。

「はいはい、僕ちゃんはちゃんとにょきにょきもこもこしてから大口を叩きなさいな。

あんなことやそんなことがどんなことは知らないけれど。

その日が来るのを楽しみして、わたしたちはじっくり待たせていただくわ」

「お姉様。

なんだかワクワクしますね!」

 ふたりは練習を積んだような滑らかな動きで、ロウテーブルからソーサーごとティーカップを取り上げて一口啜る。

次いでシュークリームのお皿に手を伸ばして、これまた完璧な動作でフォークを操り小さな欠片を口に運んだ。

ふたりの所作は機械仕掛けの様に寸分違わずシンクロしながらも優雅で、まるで泰西名画の貴婦人さながらに上品だ。

 円はふたりと自分の格の差を見せ付けられた様な思いがする。

心胆寒からしめるとはこのことを言うのだろう。

何をどうしょうとこのふたりにはかないっこない。

死亡フラグが立つ前に恭順の白旗を掲げるべきことは自明の理だった。

 「全ては拙者の不徳といたすところ。

姫御前(ひめごぜ)方には心からのお詫びを申し上げまする。

ここは、平にご容赦を」

円はちゃんとごめんなさいが言える子であることをアピールする。

 念のためアンドレアス・メラーの描いた若きマリアテレジアの肖像画と、同じくフランツ・ヴィルターハルターが描いた皇妃エリザベートを二人に充てて脳裏に思い浮かべる。

更に二枚の絵の肖像を美女としてしっかり記憶に焼き付け、後日の保険とする。

“忘れ得ぬ女”と”民衆を率いる自由の女神”を上書きして、すっかり心を入れ替えたことを読み取ってもらうための前工作だった。

何事も備えあれば憂いなしである。

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