第11話 綺麗なお姉さんは好きですか? 1

 通い慣れている毛利邸ではある。

だがいつもとは違う空気感に円は自分でも少し緊張していることがわかった。

 玄関前のロータリーにはぐるりの真ん中に、低木と灌木から成る植栽が設えてある。

その正面にまるで車寄せへの経路を塞ぐかのように、商用のワゴン車が停車している。

警備会社のロゴがペイントされたワゴン車は、門から続く石畳の突き当りで横腹を晒している。

 ワゴン車は何かしら含むところのある訪問者へのあからさまな警告と受け取れる配置を取っている。

想定される脅威に対する威嚇という主旨は容易に想像できる。

 だが、すぐに紛い物のそれと知れる警察車両じみたワゴン車のチープななりはどうだろう。

アールデコ調の建物や良く考えてデザインされた植栽とはちぐはぐな様相を呈している。

毛利邸ファンの円にしてみると、心底がっかりな絵面となっていた。

不謹慎であることは分かっている。

けれども毛利邸の結構を愛してやまない円としては、残念でならない景色だ。

 いつもなら家政婦のキミさんが玄関に迎えに出てくれる。

キミさんは円のことを「坊ちゃん、坊ちゃん」と呼んでは、下にも置かない歓待をしてくれる。

ところが今日は見知らぬ若い女性が待ち構えている始末だった。

どうにもリアクションに困るサプライズといえる。

 円が戸惑いと警戒心から彼女の全身を睨(ね)め付けたのも、無理からぬところだろう。

だがしかし、少年の心はフェロモンの導きに忠実である。

『キミさんはどうしちゃったんだろう』と首をひねる間も有らばこその変心だった。

円のダイモーンはあろうことか『キミさんのことは大好きだけどさ、おねーさんの可愛いさに取り敢えず一本』と囁く。

ダイモーンの囁きにポンと手を打った円は『このサプライズは無粋な警備車両の件を帳消しにするだけの価値があるんじゃね?』と思う。

 キミさんびいきの円は宗旨替えを糊塗するため猿知恵を働かせる。

姿が見えないキミさんへの言い訳を考えたのだ。

『キミさんは北政所と言う見立てが適当じゃろうて』

円はキミさんびいきの心を封じて改めてお姉さんの容姿をしげしげと観察する。

すると円は気分が高揚してくるのを感じ、それを素直に喜んだ。

 聞けばお姉さんは警備会社の人間であり、交代で毛利邸に常駐するガードの一人ということらしい。

身長は円より頭半分ほど高い。

158センチメートルの円としてみれば彼女のスケールは大女に分類される。

けれども、ジーンズにコットンのブラウスが良く似合うポニーテールの小顔は思いの外あどけない。

そんなお姉さんの邪気の無さそうな笑顔は、円的には絶賛好印象だ。

 その場でルーシーに教えられて、雪美共々円も腰を抜かすほど驚いたことがある。

なんとお姉さんは、レンジャー徽章持ちの元自衛官だったのだ。

おまけに柔剣道三段というスペックを実装する猛者らしかった。

お姉さんは一見したところスポーティーではあるが人物の印象はおっとりとした感じだ。

ルーシーによる経歴暴露に顔を赤らめてはにかむ様子はハッキリ言って可愛らしい。

そのかんばせを見てしまえば、このお姉さんが対人戦闘のプロと紹介されても、にわかには信じられないことだった。

お姉さんにおよそ野戦服は似合いそうにない。

 お姉さんは明るくハキハキした口調で橘佐那子と名乗った。

橘という苗字は源平藤橘を思い出させる。

佐那子という名前は坂本龍馬の許嫁で北辰一刀流免許皆伝の千葉佐那に似ている。

そこで円は試みに、新撰組隊士の仮装を彼女に当ててコスプレ妄想をしてみた。

一束に結った長い髪を背に垂らし、額に鉢金を撒いた奇麗なお姉さんが、二本差しのだんだら羽織に襠高袴(まちだちばかま)を付けている。

そんな凛とした立ち姿だ。

顔に迷彩を施し、草木で偽装したヘルメットを被ってアサルトライフルを構える。

そんな姿よりずっと様になっているような気がした。

 円が脳裏に浮かべたコスプレ女剣士の凛々しさに萌え上がり、思わずやに下がったところでルーシーに頭をはたかれる。

いつの間にやら雪美を介して思考を読まれていたようだ。

ルーシーだけではなく雪美までが“忘れ得ぬ女”の目で、円に冷ややかな視線を投げかけている。

橘女史はそんな三人の様子に可愛らしく小首を傾げる。

円には眼福、ルーシーと雪美には癪の種となった。

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