第10話 “忘れえぬ女”と“民衆を導く自由の女神” 11

 警官の話しからすると、円の異変に気付き迅速に通報した人物が存在したことは明らかだ。

そのことを考え合わせると、円と雪美にはそれとなく監視の目が向けられている。

そんな雪美の推測が、無理なく成り立つように思われる。

全体の流れを俯瞰して見る時。

通報者=警備会社の人であれば監視の目については、やはりルーシー絡みであろう。

その線で雪美と円の考えは一致し、それには荒畑も賛成だった。

 

 状況的に森要の存在が前面に出てくるのは必然だった。

だが暴走族の一件を重ね合わせて考えると、森要の関与は今一つ納得できない。

そう言って荒畑は首を傾げる。

 なんといっても森要は有罪になり故郷の仙台に連れ戻されたのだ。

よしんば東京に舞い戻っているとしてもである。

組織だった力を操っていきなり円が狙われると言うのはどうだろう。

荒畑の想像の範囲では理屈が通らない展開らしかった。

そうした意味では雪美も荒畑寄りの考えだった。

『付きまといなんてする根暗な変態』が大勢の人間が関わるような計画を立案するだろうか。雪美も半信半疑の体で首を捻る。

『円をルーシーの親しいボーイフレンドと知って森要が天誅を下そうと考えた』

そう仮定するなら、なにがなんでも自分の手で凶行に及ぶだろう。

雪美は可愛らしく眉根を寄せて自分の予想を口にする。

 ふたりに言わせれば、どうやらルーシーに関心を寄せる人物が、円を邪魔者扱いしているらしい。

真っ先に思い浮かぶのは森要だが荒畑も雪美もそれは大いに疑問だと言う。

ふたりの疑問が本当ならば、円がルーシーと仲良しなのを良く思わないだけでは無い。

暴力と謀略で円を潰そうとしている。

そんな森要以外の人間が何処かに居ることになる。

 円は何処の誰とも知れぬ人間の姿を思い描いてみる。

そうしてその人間の黒々と錬成された気味の悪い欲望と短絡的な思考に思い至り、あらためて慄然とした。

目の前に見える脅威にはすっかり鈍感になってしまったすれっからしの円ではある。

そんな円でも曖昧模糊とした掴みどころの無い敵意はさすがに怖い。

 兎にも角にも、学校側は警察からの知らせがあったことで動揺しただけだった。

担任と学年主任は円の弁明で納得してくれた。

例え教頭が横車を押したとしても円は正真正銘、被害者であることは明らかだ。

職員会議の結論もお咎(とが)めなしになるだろうと言うのが荒畑と雪美の見立てである。

 

 「わたくしはボニーとクライド派。

温厚な浅野君や上原君とは違うわ。

凶悪犯のマドカ君がわたくしを頼って来てくれたなら嬉し過ぎる。

手に手を取り合って地の果て地獄の底まで、銃を撃ちまくりながら血路を切り開いてみせる」

HRに戻る道すがら、雪美が円の耳元で囁いた時には不覚にも涙ぐみそうになった。

もっとも、ちょっと感激して視線を投げる先には、悪戯を面白がるような大きな瞳がきらきらと輝いているばかりだ。

瞬間。

ポンプアクションの散弾銃を連射しながら高笑いし、怪気炎を上げる雪美の姿が脳裏に浮かぶ。

どちらかと言うと、頼もしさより大いに不安が膨らむ円である。

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