第10話 “忘れえぬ女”と“民衆を導く自由の女神” 10

 「連中は学生証を見るまでは、お前のことを業界で只今絶賛話題沸騰中の高名なる加納円氏とは気付かなかった訳だ」

「なんだよ高名なる加納円氏って。

そもそも何の業界だよ」

「いや、いや、そこにいた不良全員がお前の名前を知ってたんだぜ。

ジュニアな裏社会で有名ってことはだな。

そいつはお前についてそれなりの何か印象的な噂話が広がってると言う証拠さ。

同時に連中にとって捨て置けない人物像がお前さんにタグ付けされてるんだな。

加納、おまえ何をしでかした?」

「やだなぁ、荒畑先生。

僕の事情なんか荒畑の方がよっぽど御存知ってくらいだよ?

自分言うのもアレだけどさ。

そもそもこの僕ごとき柔弱な少年が力任せの不良相手に何ができると思う?」

「そりゃそうだ。

おまえの自己評価を考えれば聞くまでも無かったな。

ところで、俺の知らないところで加納がどんな悪さをしているか。

三島はなんか心当たりあるか?」

雪美は蕩けるような笑顔を浮かべ、鈴を転がすような声音で荒畑の問いを受ける。

「いたいけな乙女を手あたり次第毒牙にかける。

そんな鬼畜と見紛う振舞くらいしか思い当たる節は御座いませんわ」

「異議あり!

裁判長。

証人は確たる証拠もなく当て推量。

いや偽りを述べて被告を貶め、審議を混乱させようとしています」

「却下!」

「荒畑!

貴様あまりにも理不尽すぎやしないか!」

「却下だ!

却下だ!

俺も三島には同意だ。

だがな、今回は毛利さん絡みとも、失礼ながら三島が関係しているとも思えんよな。

前回の当事者として三島はどう思う?」

「そうですわね。

今回の不良さん達は、この間の暴走族の方々と持ってる情報とかマドカ君へのアクションがまるで違いますね。

スタジャンの不良さんは明らかにマドカ君のお顔を知っていましたし。

いきなり毛利さんのお名前を出してきました。

そもそもわたくし自身は偶然巻き込まれた、先方の予期せぬ部外者だったのだと思います」

「だよな。

俺もそう思う。

今回の件と言い族の件といい、加納が奇禍に会うというデザインは驚く程良く似ている。

だだ、できた絵の画材も画法もまるで違うんだ。

だから、第三者の目から眺めた一連の事件はそうだな・・・。

名を知られた不良である加納円がたまたま相次いで遭遇した暴力沙汰って言う感じに見える。

表面的には互いに別件では?と思えるんだがな。

お前を知ってる者に取っちゃまったく説明になってない。

これは俺の直感なんだが大元ではモチーフが繋がっている様な気がするんだよ」

荒畑は腕を組みありもしない顎髭を摩った。

「マドカ君をこっそり不良に仕立て上げる手間をかけている誰かがいるということ?

直接的なアタックと間接的なコミット?

そうなると両事件の背後では、共通の黒幕が暗躍してることになるわ」

雪美が愛らしい仕草で小首を傾げる。

「であれば実戦と情報戦の両面で加納をターゲットにしてるってことだ。

となるとそこまでする黒幕の粘着的動機がさっぱり分からん。

加納が誰かに余程の恨みを買っているとしか思えんが、こんな奴だしな。

俺の考え過ぎか?」

 そもそも、教育実習生森要によるルーシーへの付きまといと傷害についての情報を円、ひいては雪美に教えたのは荒畑だった。

暴走族ヘルズバプティストの関与についてはまだ良く分からないと渋い顔の荒畑である。

だが荒畑は今回の事件と関連付けて調査を進めることを明言した。

何れにせよ、ついこないだまで中学生だった平凡な少年に降り掛かった二度の暴力沙汰を、とても偶然とは思えない。

それについては三人の意見は完全に一致した。

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