第10話 “忘れえぬ女”と“民衆を導く自由の女神” 8

 週明けに登校すると円には青天の霹靂が待っていた。

善美に左頬のあざを不審がられながらも、駅から三十人ほど追い越して円は学校に辿り着いた。

 さて今日も代り映えの無い一日がはじまる。

そう思う間もなく、円は昇降口で待ち構えていた担任と学年主任に睨み付けられ教務室へと連行されたのだ。

朝方、武蔵野警察署から一報が入り、どうやら土曜日の一件が学校にバレたらしい。

始業前に警察からの知らせと突き合わせるために簡単な事情聴取が行われた。

円の臨場感溢れる弁明で、担任と学年主任の懸念は払拭(ふっしょく)された。

だが自校の生徒が警察沙汰を引き起こしたと激昂する教頭の介入で、ことがいきなり厄介になった。

 教頭は新任と成った四月以来。

猜疑心の深さとその狷介な人柄から、生徒はおろか教師陣からも疎まれ警戒されている人物である。

どう考えても理不尽な教頭の介入と言い分だった。

担任と学年主任の取り成しと抗議も空しく、管理権者の鶴の一声で円の事件は放課後に職員会議に懸けられることになった。

もしこの日、ルーシー案件の事情を知る校長と生物教師が在校していれば、まったく異なる対応と成ったろう。

だが円にとって折悪しく、二人とも出張で不在だった。

 

 悪事千里を走ると言うが、円が自ら犯罪行為に手を染めた訳では無い。

あくまで被害者の立場なのにも拘らず、噂はたちまち校内に拡散し、話に尾ひれ羽ひれが付いた。

おかげで円は六時限目までに、いっぱしの凶状持ちに成り下がっていた。

 事件は円自身と加害者に警察、知らせを受けた一部の教師しか知らないはずだった。

そんなR指定な情報がたちまち校内に広がったのは不思議な事だ。

円としては今更、校内で悪名がどう積み上がろうと気にもならない。

そんな心情こそ正直なところである。

だが、ルーシーとの一件以来慣れっことはいえ、またもや有象無象の無遠慮な好奇の目に晒されるのはウンザリだ。

その煩わしさを厭う気持ちに嘘は付けない。

鬱陶しいにも程があるのだ。

 

 例によって円に何かあれば休み時間毎に、納得が行くまで執拗な事情聴取を敢行してくる荒畑である。

そのMCに今回はゲストととして雪美も加わった。

このことは、円としては誤解を受けたくない範囲の人間に、事のあらましを説明出来る適当な機会と成る。

功利的に考えても、荒畑さえ押さえておけば悪意ある世論に冷や水を浴びせることができるのは確かだ。

雪美もHR長と言う立場を存分に発揮して、円の支援に回ってくれるだろう。

そんな期待が生まれたせいで、今回ばかりは円の口も軽い。

 雪美には指一本で真相の裏の裏まで知られてしまう事は分かっている。

だが経緯が経緯だけにここはまず、言葉で粗筋を伝えるのが誠意とも思った。

円がふたりにげろった情報の検証は指一本で可能なのだ。

そうするか否かは雪美の意志に任せればよい。

今回に限っては知られて不味い裏は無い。

 ルーシーについては通報者が警備関係者であるという見当から行けば、当事者の円以上に情報を持っている可能性すらある。

ルーシーのバックには、森要のつきまとい事件を仕切った弁護士事務所も控えているはずだ。その点でも『先輩は僕の秘密兵器』と円は甘えた考えでいた。

 現状ではルーシーとは距離を置いたつもりで実は距離を置かれている可能性が高い。

自分の犯した過ちは既に雪美にバレている訳で、今度三人で会う時に心と体で土下座を敢行する。

円はそれでチャラにするつもりだった。

雪美と言う異能者が傍らにいる以上、最早恥や外聞というつまらぬ見栄に意味はない。

円は真っ正直なくせ者になろうと決意を固めつつある。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る