第10話 “忘れえぬ女”と“民衆を導く自由の女神” 6
危険を避けようとか格闘技を身に着けて自ら戦おうとかは、夢にも思わない円だった。
ぶっさんなる不良と不良ギャラリーたちの盛り上がりを薄目で確認すると、円はそろそろと財布を取り出し大枚千円を抜き出す。
「あのー。
ノリノリのテンションに水を差すようで申し訳ないんですけどー。
今日の所はこれで勘弁してもらえます?」
不良たちの視線が倒れたまま千円札を指先でひらひらさせる円に集中する。
後でルーシーや雪美に知られようものなら、小一時間は説教されるだろう。
円の人を人とも思わない減らず口が、パフォーマンス付きで炸裂した瞬間だった。
一瞬にして辺りは静まり返り、得も言われぬ殺気が円に降り注いだ。
「あれ?
カツアゲが目的じゃなかったんですか?」
ぶっさんなる不良の目が三角になり白目ばかりが目立つのが気なる。
ジャガイモに目鼻のぶっさんだが、眼光だけはキレた演技の松田優作だった。
円は怒りで我を忘れたぶっさんに覚られぬよう、そこそこ能力を使って打撃を逸らし続ける。
それでも一つ間違えれば有効打を浴びそうな気がする。
円は頃合いを見計らって悲鳴と共に再び地面に倒れ伏し、10パーセントくらい死んだふりをしてみる。
今度は腹位で這いつくばることにした。
成り行きとは言え、お腹や大事なところを蹴られたり踏まれるのは、円としてもちょっと勘弁と思ったからだ。
「みろよ!
こいつ国府高校の加納円だぜ」
「あの加納円か?」
奪った財布を探ったのだろう。
学生証でも見つけたのか、不良BかCが驚きの声を上げた後、軽いどよめきが起きる。
「なんだこいつ高校生か。
それも加納円だって!
手加減すんじゃなかったな」
大脳辺縁系辺りがノルアドレナリンでじゃぶじゃぶなのだろう。
ぶっさんの声は妙にかん高く、語尾は少し震えている。
『へっ、僕ってなんだか有名人?
手加減してたって、あれってまんま本気じゃないの?』
などとズレたことを考えていると唐突に状況が終了した。
「おまえらそこでなにしてるんだ!」
「やべーっ、マッポだ」
ちゃんとした大人の声が大きく響く。
ぶっさんなる不良をAとすると不良IからJ辺りまで、薄闇の中へと逃げ去った。
バラバラと蜘蛛の子を散らすような熟練の逃げっぷりだった。
ちゃんとした大人な声はマッポ・・・確かに警察官のものだった。
この状況下にして警察官の登場は絶妙な頃合いだった。
円は余りのタイミングの良さを不思議に思いそのことを尋ねてみた。
すると電話で通報を受け交番から駆け付けたと教えられた。
状況の開始から警官の登場までの時間を考えればどうだろう。
不良たちに絡まれて余り間を置かず、近くの公衆電話から110番通報があったことになるのではないか。
『通報したのは先輩がらみの警備会社の人かな?
もしそうなら僕がぶたれる前に何とかしてくれっちゅうの』
円は心中でぼやいてみるものの、そうと決まった訳では無いし、そうだからと言って今更どうなる訳でもない。
結局この事件は、円の財布の中にあった現金三千円ほどが、不良に盗られて終了と言う仕儀にあいなった。
傷害については微妙なところだった。
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