第10話 “忘れえぬ女”と“民衆を導く自由の女神” 5

 「なに急いでるんだよ坊ちゃん」

歩道脇のベンチスペースでたむろしている如何にもな一団から、有難くないお声が掛かる。

時間帯と言い先様の剣呑さと言い、暴走族と接敵した時の記憶が円の脳裏にたちまち蘇る。

まさか雪美が指摘していた森要絡みのイベント遭遇ではあるまいな、などと思ってもみる。

だが自分がこの時間この場所に至る偶然の集積を考えてみれば、それは全くあり得ないことだろう。

 「えーと。

駅に行こうと思ってます」

円はなるべく愛想良くお返事をしてみた。

「駅に行こうと思ってますだと。

なめてんのかてめー」

いちゃもんは予想の範囲のど真ん中を飛んでくる。

「いや~、聞かれたから答えただけですけど」

円はひたすらにメンドーと思い始めていた。

「聞かれたから答えただけですけど?

ですけどだと!

おめー何処の中坊だ。

生意気こいてんじゃねーぞ!」

沸点が低い奴腹だった。

「あーあ。

このガキぶっさんを怒らせちまったぜ」

ギャラリーの一人が合いの手を入れ、獲物を取り囲むジャッカルの様な軽薄な哄笑が湧きおこる。

『いやいや聞いたのはあんたで僕は質問にお答えしただけですからー』

円は心の中でツッコミを入れて見るものの、さすがに声に出して口にするのははばかられる。

 春以来、修羅場続きの渡世だったせいか、恐怖に関するメンタルシステムの調子が良くない円である。

ぶたれたら痛そうだなとは思う。

だが殴られる瞬間に力の来る方向とは反対の向きに地面を蹴り、高度5センチメートルほどを保てばダメージをかなり減らせる計算が頭に浮かんだ。

少年Aの時に使った手口の応用だ。

だからと言って変な挑発をすれば、小手先レベルの能力発現で何とかなる局面を逸脱するだろう。

円にはそのことも理解できている。

理解できているが余計な一言はするりと口をついた。

「もしかするとお金がほしいんですか?」

ルーシーや雪美が度々指摘して来たように、実際の所、円は馬鹿なのかもしれない。

「・・・」

 打撃を逸らすと言う意味ではあまり役に立たなかったかもしれない。

だが与太者のパンチが決まる瞬間、円は反射的に能力を発現し浮遊状態となった。

おかげで、打撃の力は物理法則に従って円の身体を押しやることに、そのほとんどのエネルギーが使われた。

痛いことは痛いが、ダイダラボッチのパンチに比べればどうと言うことも無い。

それでも円の身体は、少年Aに突き飛ばされた時以上に勢いよく遠くに吹き飛んだ。

アニメのように大げさな絵面にはなった。

 「ぶっさんすげー」

「すげーよぶっさん!」

円を殴った当人、ぶっさんなる不良は妙な顔付になって、自分の拳と倒れ伏す円を交互に見比べている。

手応えが無いのに派手なやられ方をした円を不思議に思ったのだろう。

だがギャラリーの拍手喝采が嬉しくて薄っすら浮かびかけていた疑問は霧散する。

「おっ、おう」

当初の予想とかなり違った展開で、タイミングを図る間もなくパンチを受け止めた円だった。


『痛い、痛い、かなり痛い。

だいだらぼっちの時ほどじゃないけど結構痛い。

けどこんなもん?

こんなもんなら、練習すればこの技ってかなりいけるんじゃね?』

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