第10話 “忘れえぬ女”と“民衆を導く自由の女神” 3
中野までは各駅に停車する中央快速は定刻通りに進行した。
雪美との距離が近すぎる時、怯え半分でそれを『煩わしいな』と思う自分が居る。
だが反面、『かなり楽しいかも』と思う自分も居る。
そんな大発見したのは、東小金井でのことだ。
コリン・ウイルソンは“ローズマリーの赤ちゃん”の夢を見るか。
そんな議論の流れから、雪美と一緒に“エクソシスト”を鑑賞する約束をした瞬間だ。
国分寺に着く辺りまでは、『三島さんに丸投げ~続けて先輩に丸投げ~』という今後の出処進退が思考の主題だった。
だが同時に副題として、才媛たる雪美に湧いて来た自分の素朴な尊敬心を、どう扱ったらよいかにも思案を巡らせた。
こうして車内で雪美と隣り合わせて座ってみればどうしたことだろう。
苦手意識からか、今まであまり女性として意識することのなかった雪美の体温と彼女の息使いさえ。
円の心の変化に合わせて突然好ましく思えるようになった。
円のあさましいぼんくら加減もポンコツ級だと言えよう。
良く良く考えて見れば、ルーシーの一大事を聞いてオロオロした自分が、こうして雪美と共にあるだけで“勇気りんりんるりの色”(*少年探偵団より)になる。
雪美と力を合わせれば、いかなる困難も乗り越えられる気がしてくる。
そんな不思議が確かにある。
雪美と御一緒でかなり嬉しくなってしまった自分を、不謹慎とは思えない理由が腑に落ちた。
更には、なぜ自分が雪美から連想してルーシーや双葉すら守護天使などと発想したのか。
武蔵境の少し手前で茜色に染まる獣医大の馬の尻を車窓から確認してのこと。
ちょっとシュールな道筋だったが、あらためてその根っこが見えた気がした。
そうやって流されるまま。
円は与謝野晶子のアバンギャルドな自己陶酔について熱弁する雪美を、とても頼みがいのある姉御のようにすら思い始めるのだった。
円が雪美から精神汚染をたっぷり喰らった頃。ふたりを乗せた電車は三鷹に辿り着いた。
中央線を双六に例えれば、円は雪美の教養が滲み出る饒舌に翻弄?篭絡?されて賽を振り続け、実に安手な上がり迎えた訳である。
幸いなことに国立三鷹間で雪美に触れられることは無かった。
円としては一連の思考の流れを、彼女に読み込まれる無様もなかったということになる。
世間話をしながら心中の藪(やぶ)を密かに漕いでいた円の思考を雪美が知るところと成ったなら。
それはそれでひと悶着あったろう。
雪美は円から寄せられた好意と敬意に対する嬉しさで一時は天にも昇る心地になるだろう。
だが一度冷静になった時。
才媛フェチ的評価だけで、雪美を一山いくらの高得点へと押し上げた円の心情を思えば如何なものか。
雪美はやがて『こいつ大丈夫か?』という抜本的不安を感じるようになるに違いない。
円は性根の部分で“構ってくれる賢いおねーさんが大好き”である。
それは双葉に躾けられた、どうにも甘ったれた根性を主成分とする心の傾斜だ。
この自覚無き腐った性根ばかりは十五の春からたかだか数か月で、何とかなるものではない。
雪美はそのことをつまびらかに知る。
それだけに、円が自分に向ける敬意と好意には不安にならざるを得ない。
円の心の傾斜が恋愛とはほど遠い、姉への思慕的袋小路に繋がっているのは明瞭だからだ。
思慕の袋小路の入り口には<ぬけられません>と大きく書いてあることを、雪美は知っている。
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