第9話 少女と少年とチョコレート 6
「マドカ君って本当にすっとぼけた人ですね。
困ることなんか無いでしょうに。
それにわたくしたち汚れちゃいませんよ。
ルーさんは大切なものを守る為には自分の気持ちや体裁を斬り捨てることができる人なんです。
利用できるものなら事情を知る上級生だって使い倒してポイ捨てできちゃうんです。
ルーさんはやり方は違うかもしれませんけどゴダイヴァ夫人と同類なんです。
推測なんがじゃありません。
わたくしはそれを知っているんです」
雪美がドヤ顔になる。
「デウスエクスマキナが降臨してきて『府中刑務所の回りを裸で一周して来たら、マドカ君の安全を保障した上で変態を塀の中に放り込んでやろう』なんて提案されたら」
雪美が言葉を切り円の瞳に視線を定める。
視線は優しい。
「ルーさんは一も二も無く服を脱ぎだすと思いますよ?
思い切りの良さを考えると、ゴダイヴァ夫人はもしかするとルーさんのご先祖筋に当たる方かたかもです。
まあ、兎にも角にもその線で考えて見ればです。
ルーさんは暴走族の一件も視野に入れた上で、ご自分は自動車通学に切り替えのでしょうね。
加えて私たちとは距離を置くと言う決断をしたに違いないんです。
更に推測の手を伸ばせば、ルーさんにガードが付いていることは当然として。
もしかしたらわたくしたちにもそれとなく監視と保護の目が入ってるかもしれません。
マックスそこまでとなると、最早お金に糸目を付けないやり方になってしまってますけど」
雪美が軽くため息をつく。
「ルーさんの心情を考えるとあながち絵空事と言い切れないと思いますよ?」
「先輩か僕たちを守るためにそこまでしていると?
三島さんはそう思ってるんだ」
円は俯いたままくぐもった声を出した。
「今は直に確認できませんからね。
推測に過ぎません。
だけど、ルーさんがそこまでしているのなら、自己犠牲とは明らかに異なるとっても前向きな・・・。
攻勢防御っていうやり方に違いありません」
雪美は人差し指を使い、俯いた円の額を徐々に押し上げながら無理矢理視線を合わせる
円は自分がどうしてルーシーや雪美との関係性を深く考察したくないのか我ながら良く分からない。
だがここは軽めに逃げを打つべき局面であることだけは分かった。
「先輩はひとりで悩んでるのかな?」
「もしわたくしの推測が正しいとするとなにやら総力戦めいてますからね。
いくらお金持ちのお嬢さんと言ってもルーさんの一存では無理でしょう」
円はにっこりと笑顔になった。
「なら、だいだらぼっちが仕切ってるよ。
三島さんが持ち出したデウスなんちゃらは全く当てにならないと思うけど。
だいだらぼっちなら先輩のためとあれば武装した傭兵を使うことだって躊躇わないよ!」
「だいだらぼっち?」
「先輩のお父さんだよ。
デウスなんちゃらみたいな非現実的なご都合主義のつじつま合わせとは違う。
二メートルはあろうかという実態を持った巨人さ。
どこか大きな会社の社長さんで先輩の事を溺愛してる。
ちょっとした行き違いからだいだらぼっちに殴られて僕、気を失ったことがある」
「マドカ君、ルーさんのお父様に殴られたことがあるんですか?」
雪美が澄んだ大きな目を見開く。
『いったいぜんたいどうしたわけで』という雪美の疑問に、円が咄嗟に答えられるはずもない。
一瞬言い淀んだところで間髪を入れず触られた。
「そういうこと。
マドカ君とルーさんの間に何もなかったことは分かるけれど・・・。
なんだか地味にモヤッとします。
・・・お父様に殴り倒されたのはお調子者のマドカ君としては得難い教訓になったでしょう。
・・・良かったわね」
「いいわけないだろ。
すごく痛かったんだぜ。
・・・まあだけどさ、あのオヤジが乗り出してるなら一安心だよ」
「そうね。
自動車で送り迎えだなんて、ルーさんがいくら良いところのお嬢さんでも一人で手配ができる体制じゃないものね。
ましてガードが付いているとしたらなおさらだわ」
雪美は手にしたソーサーとティーカップに目を落とした。
「それでもわたくしたちには人知を超えた、何より変態が予想もしていない能力がある。
特にマドカ君の飛行術はきっと役に立つ。
そんな気がするの」
「そんなもんかな。
僕たち荒事の素人だぜ。
何かできるかなんて全くさっぱりだけどさ。
考えて見りゃ、僕を殴って三島さんに酷いことをしようとした暴走族のことも訳の分からないままだしね」
雪美がさっと顔を上げると心細そうに唇を震わせる。
「あれから何も変わったことは起きていないんですよね?
暴走族と変態は今の所どうにも繋がりませんけどどうなのでしょう。
モブでボッチな男子高校生の生活圏内に何件もの事件が続けて発生するなんて。
偶然やたまたまを通りこして不自然すぎるんです」
「・・・そう言われてみればそうだけどさ」
モブでボッチは円にも自覚があるが少しムッとする。
「まさか事件に備えるために能力を授かった訳ではないのでしょうが。
マドカ君もわたくしにも人にはできない何かができるはずです。
わたくしたち三人のためです。
これからは何があっても隠し立てせずわたくしに相談してくださいね」
「・・・世界の誰でもない三島さんだよ?
僕が三島さんに秘密を持ったり内緒ごとに勤しんだりするなんて、金輪際不可能だと思うのだけれども。
僕の心の誠も嘘も、三島さんの前じゃマルッと装甲剥ぎ取られてスッポンポンなんだぜ」
「でしたね。
ごめんなさい。
マドカ君に甘えて調子に乗り過ぎないよう気を付けます!」
雪美はポンと手を打つと心にもない社交辞令を口にした。
「ところでゴダイヴァ夫人の裸を覗いたっていう、ピーピングトムの取って付けたような話だけどさ。
先輩を心配して後をつけた僕らのメタファーになってるの?
あーあ、そこ赤面するとこ?
三島さん。
君のとんちんかんぶりに僕はがっかりだよ。
それってメタファーになってないから」
この所雪美に対しては守勢一辺倒だったこともあり、円は久々に一矢報いることができたと満面の笑みを浮かべる。
「・・・お後が宜しいようで」
雪美は結構不謹慎だったなと赤面しながら俯いた。
だが、円と自分が協力してルーシーの窮地を救うのだ。
そう思い定めてしまえば、何もかもが最終的には上手くいくような気がしてならない。
こうして円とじゃれあうのはとても楽しいが物足りなさは否めない。
『ルーさんを一日でも早く連れ戻して鉄壁の三角関係を取り戻さなくては』
雪美は心に固く誓う。
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