第9話 少女と少年とチョコレート 5
「通学路や駅でルーさんをお見掛けしなくなった頃から、自動車通学に変わったとしたら?
そこにはどういう事情があると思いますか?」
円は雪美に視線を戻す。
「夏目さんがルーさんとお知り合いだなんてちっとも知りませんでした。
けれどもおふたりには確かに接点がありますよね?」
円は虚を突かれる思いだった。
「えっ!
もしかして去年の事件の事?」
雪美は円の驚きに小動(こゆるぎ)もせず、その見開かれた瞳を覗き込んだ。
「わたくしもマドカ君が荒畑君から聞かされた経緯以上の事は知りません。
けれどもルーさんが突然自動車通学を始めたこと。
わたくしたちへのコンタクトを一切やめたこと。
昨年も生徒会のコアスタッフだった夏目さんが、この局面でルーさんの前に唐突に現れたこと。
それらを総合して考えれば例の変態が引き起こした事件に行きつきませんか?」
いつの間にサーブされたのか。
雪美は左手でソーサーを取り上げ右手でカップを持ちあげて口元に運ぶ。
流れるように優雅な動作だった。
「・・・犯人は執行猶予付きの有罪になって大学も首に成ったはず。
尻尾を巻いて故郷に逃げ帰ったって聞いたけどな」
「別に身柄を拘束されている訳ではありませんからね。
変態の原産地が本州なら歩いたって東京に戻ってこれますよ?」
「だけど犯罪者だぜ。
多分保護観察の対象だと思うし、警察が黙ってないんじゃ?」
「民事不介入って知ってます?
実際に犯罪が起きるまで警察は動きません。
保護観察下にあるといっても四六時中見張られていると言う訳では無いと思いますよ」
「三島さんの考え過ぎって線はない?」
「ルーさんが自動車通学を始めた時期とわたくしたちにコンタクトを取るのを止めた頃が重なっているんですよ?」
雪美は小さくため息をつく。
「もし変態が東京に舞い戻っているとしたらどうでしょう。
ルーさんはマドカ君と仲良しこよしであることを彼に覚られたくなかったんですよ」
円の咽喉がゴクリと鳴り顔が強張る。
「それって僕も標的になる可能性があるって。
・・・先輩が心配しているってこと?」
「自分が好きな人ならその人を独占したいと思うのが普通でしょ?
誰だって、自分が好きな人にちょっかい出す奴は敵って思いませんか?
まして自己中が自家中毒になったド変態ですよ。
変態の了見としては、見敵必戦も十分あり得ることだと思います。
ルーさんもそう考えたからこそ、大好きなマドカくんを遠ざける決断をしたんだと思います。
わたくしという最強のライバルが登場したにも関わらずにね。
ルーさんにとってマドカ君から距離を置くのは、裸で騎乗を決意したゴダイバ夫人より辛い選択だったかもしれません」
「見敵必戦ってどこから引っ張って来た熟語?
・・・それはともかく。
先輩が僕を大好きっていうヨタ話もおいとくとして。
先輩は僕と三島さんを危険から遠ざけようとして色々と手を打っているってこと?」
「わたくし司馬遼太郎の“坂の上の雲”が大好きなんです。
見敵必戦はそこからの引用です。
それからルーさんの気持ちはヨタ話なんかじゃありませんよ?
わたくしと同じ・・・」
円は腕を組んで俯くと取り敢えず中原中也の“汚れちまった悲しみ”にを暗唱することにする。
円が途方に暮れた時にお出ましを願う中也頼みである。
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