第3話 垂直少年と水平少女 4
「加納君はどちらかと言えば無口な人間と、双葉さんはおっしゃっていたけどどうでしょう。
加納君はむしろ喧しくて頭が痛くなる位に饒舌なのですね。
・・・わたしは今あなたがぺらぺらとまくし立てたようなことは思ってもみませんよ?
それにしても加納君が佐助はありとしても、わたしが春琴ばりのサディストとはご挨拶。
確かに性格はちょっとアレなところもあるかも知れません。
けれども、わたしは春琴を引き合いに出されるほど我儘じゃないと思います。
ましてマルキ・ド・サドにもマゾッホにも興味はありません!」
「そこにきますか。
やっぱり先輩はズレてます。
・・・いいですか。
僕と先輩は無関係。
昨日ふたりで事故る前の関係に戻れば良い話なんですよ。
そもそも昨日のことが無ければです。
先輩と僕には、絶対確実にこれっぽっちの接点もご縁も無いはずなんですから」
「・・・どうやら加納君は本当に何も覚えていないようですね。
なんだかあなたの深層心理の奥底では、表向きは躍起になって否定したがっているようですけど。
ほれ、哀れなリビドーのざわめきが出口を捜し求めて空しく彷徨っている様が明々白々ですよ。
だけど安心してくださいな。
わたし、加納君に愛を告白なんかしません。
わたしが加納君を呼び出した真意にはどこをどう穿り返そうとも色恋のいの字も無いのです。
ふっ・・・赤くなりましたね。
存外に自意識過剰のようですね、少年!」
「・・・」
「まって!
待ってください!
ごめんなさい。
あやまります。
加納君があんまり意地悪ばかり言うものだから、ついからかいたくなりました。
今のはわたしが悪いです。
本当にごめんなさい。
だから待っててば!!!」
踵を返した円は首だけで振り返り、横目で冷ややかな視線を投げ掛ける。
「おっしゃる通り。
毛利先輩の性格は確かにアレですね!」
「もう、そんなに怒らないで。
わたしにだって仕返しの一つくらいさせて下さいな」
ルーシーが慌てて駆け寄り、円のベストの裾を鷲掴みにする。
カラーシャツの上に着た白いベストが伸びて、
円は足を止めた。
「毛利先輩はウチの姉に少し似ています」
「・・・それは光栄です。
奇麗なお姉様ですもの。
ちょっと嬉しいかも、です」
「勘違いしないで下さい。
泣いた後、人から借りたハンカチで洟をかむところがですよ」
「・・・加納君はやっぱり意地悪な人ですね。
ちゃんと洗って返します。
いや新しいのを買って返します!」
「いや、良いです。
そのまま捨ておいてください。
・・・仕方ありませんね。
手を放してくれますか。
・・・姉に免じて一分だけ差し上げます。
僕のリビドーがざわめかないよう手短にお願いします」
実際の所、円はルーシー程の美少女を前にしても全く心が動かなかった。
美少女など表も裏も双葉と言う縮尺1/1の実寸モデルで知り尽くしている感がある。
何と言ってもマドカの心の中にはジュリアがいる。
現実の美少女も幻影の中に住む妖精には敵わない。
「・・・わかりました。
本題に入りましょう。
わたしと加納君が派手に正面衝突した直後、どうなったと思いますか?」
「どうなったって・・・僕は気を失い、毛利先輩は打撲が痛い。
だからふたりで雁首揃えて救急搬送された。
のでしょ?」
「それは直後の話しではありませんね。
加納君が気を失う間までに何が起きたかを聞いているのです」
「全く覚えてません。
記憶に残ってるのは、ふにゃりとした柔らで心地よい感触と煽情的なバーベナの香り・・・くらいですかね。
これがラベンダーの香りなら『うっひょー』って時を掛けちゃいそうでしたけれどもね」
「・・・君はセクシャルハラスメントと言う言葉を知っていますか?
アメリカの“Ms”と言う雑誌から始まった新しい概念を象徴する言葉なのですけど」
「そりゃ何のことです」
「・・・まぁ良いです。
異性に対して容姿や身体の状態を、感触にせよ匂いにせよ、口にすることがタブーになる時代が早晩やって来ます。
加納君も気をつけてください」
「何ですか。
偉そうな上から目線で。
それが放課後に僕を呼びつけてまでおっしゃりたかったことですか?
僕には全くそんなつもりはありませんでしたけどね。
分かりました。
それじゃ・・・。
毛利先輩にエッチなことを連想させるような了見を持ってしまった不明をここに深くお詫びします。
これで良いですか?
全くなんだって言うんだ。
まるで中ピ連上がりの売れない評論家みたいな言いがかりだよ」
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