第3話 垂直少年と水平少女 5
「・・・まって!
まって!
そのことじゃないの!!
怒らないで!!!
まだ行かないで!!!!
そうじゃないの!!!!!
わたしたち飛んだの!!!!!!
重力に逆らって宙を飛んだの!!!!!!!」
ルーシーはタラの丘に立つスカーレット・オハラのように叫んだ。
「・・・毛利先輩。
先輩は少しどころか、その・・・。
かなり変です、よ?
・・・先輩が何を言っているのか僕にはさっぱりです。
頭の打ちどころでも悪かったんですか?
木の芽時でもあるし。
・・・もしかしてピンクのヘルメット被ってゲバ棒振るう新手の新興宗教か何かの下僕を御勧誘ですか?
・・・お願いですから手を放してください!
僕は無事之名馬な、穏やかな御隠居さんみたいな高校生活を送るつもりなんです。
先輩は確かに明眸皓歯な聖少女かもしれません。
けれども、スピリチュアルにジャンヌ・ダルクなメンタルの持ち主なんじゃないですか?
先輩がそんな絶えず頭の中の何かと戦っている類の人なら、申し訳ありませんが他を当たってください。
セクシャルなんちゃらから空中に舞い上がると言うお話の流れの行きつく先でですよ。
例えパラダイムシフトが起きる程の御高説をお聞かせ頂けるとしてもです。
僕みたいなデクノボウにとっては、カタツムリにコンコルドのスピードを説く位に無意味なことですよ?
先輩が志す、真理へ至る旅に喜び勇んで参加するサンチョ・パンサなんざ、学校の中だけでも掃いて捨てる程いるはずです。
どうか僕の事は憐れで無智な一寸法師と蔑んで、ここは見逃がしてやって下さい!」
円は心底怯えていた。
饒舌に拍車が掛かったことからもそのことが分かる。
ここに双葉がいたなら、弟の恐怖が手に取るように感知できたろう。
「待って!お願い、待ってください。
ちゃんと説明するから。
さあ、見て!!!」
「・・・毛利先輩。
・・・頭の中が残念なだけじゃなくて、何だか歩き方も滅法おかしいですよ。
・・・と言うより随分と器用な真似を・・・。
もしかしたらご先祖は忍びの者だったりします?
いやいや。
それより一度大きな病院で全身隈なく検査を受けれられた方が良いのでは?
・・・いささか常軌を逸しているかと。
・・・老婆心ながら言わせてもらえればです。
先輩はせっかく顔やスタイルの結構が人並み優れているんです。
ですからそういう妙な性癖を、はばかりなく人前に晒すのは如何なものかと」
「加納円君。
・・・あなたは意地悪なだけでは無くてすごく失礼で無礼な人です。
よくもまあぺらぺらと、どさくさに紛れて酷い事を言いたい放題ですこと。
あなたは自分が冷静で論理的な人間だと思ってるのでしょ?
それじゃわたしの、この前後左右への歩行を伴わない自由な運動をどう説明しますか?
ヒョイヒョイッと、ほら回転も出来ちゃう。
見ての通り種も仕掛けも無いですよ」
「・・・直立したまま床の上をなめらかに動き回る美少女ですか。
床下で誰かが大きな磁石でも使ってるんですか?
それって生まれつきの異常体質とか。
先天性の疾患とか。
それとも無くて七癖の内でも、とびっきり質が悪い癖とか。
そんなんですか?
・・・駄目ですよ先輩。
人はA地点からB地点へと移動する時は、自前の筋肉を使って歩いたり走ったりしなけりゃいけないんですよ?
そうでなければ、乗り物を利用するのが真っ当な了見ってもんなんです。
赤ん坊の時は四つ足で。
大人になったら二本足で。
歳を取ったら杖ついて歩く。
それが市民生活を送るホモサピの正しい社会契約ってもんです。
先輩だって生まれる時に宣誓した後で署名したでしょ?
そんな風に足を使わずにそこいらを往来しちゃだめですよ。
靴底が減るし。
幽霊じゃないんだから。
学園アイドルはそんな胡散臭い真似しちゃいけません・・・」
円は本当に関心のかの字も興味のきの字も覚えなかった大迷惑美少女から渾身の反撃を食らった。
円の恐怖は錯乱に席を譲った。
円の顔は青ざめ口は半開きとなってなんとなれば少しちびった。
頭の中でキングクリムゾンの“ Epitaph”が大音量で鳴り響く。
「落着いて加納君。
双葉さんもおっしゃっていたけど、あなたはいつも沈着冷静を気取っているのでしょう。
お得意の論理思考で考えてくださいな。
ほれこの通り、わたしったらこうして自由自在に滑走できちゃうの。
わたしの運動生理についての謎を、その訳知り顔を貼り付けた灰色の頭脳を使って解いてみせてください」
最初の最初から劣勢に立たされていたルーシーは逆転満塁のホームランをうったようににっこりと笑う。
唇から覗いた形の良い歯は真っ白だが、泣いたせいか少し腫れぼったい目は兎の様に赤い。
「・・・・・・」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます