第3話 垂直少年と水平少女 3
「・・・もしかして学園のアイドルって、わたしを皮肉ってのことなの?
わたしはアイドルなんかじゃない。
それに誰彼構わず愛想を振りまいたりしないわ!
確かにわたしの両親は共にハーフと称される人たちよ。
アイルランド系だった母方の遺伝子のせいもあるのでしょう。
おかげでわたしの髪はこんな痛んだニンジンみたいな色。
だけどわたしの容姿は、両親から受け継いだこの身体は、わたしのアイデンティティの一部なの。
それが悪目立ちしてようが。
人から蔑まれるものであろうが。
あなたからとやかく言われる筋合いはありません。
そんな邪推をしてわたしを貶めようとするなんて、加納君はやっぱり意地悪な人です」
理解されない哀しみが理解されない怒りに変わる。
緑がかった瞳が熾火の様に輝き、長く艶やかな赤毛が燃え上がるように揺れる。
涙目で怒るルーシーは例えようもなく美しかった。
だが円には動じる気配がない。
「・・・どうも話が噛みあってないな。
・・・そうですね。
とりあえず、ご自分の姿形に対するご意見は脇に置いて妄想して見てください。
先輩の容貌については僕の思うところを、いつかお話しする機会があるかもしれません。
今は、少女漫画の小さなコマ割りに描かれたフェアリー並みに可愛い美少女と陰険そうでゴブリンみたいな風采の上がらない少年の話しです。
先輩が、背景事情をまったく知らない。
そんな陽陰ふたりのやりとりを目撃するとして、彼らの関係性をどう感じるかです」
「わたしは少女コミックが好きなのだけれども・・・。
そんなに言うなら・・・。
少女は何か重大な過ちを犯そうとしている。
脅迫?
罰ゲーム?
手の込んだ虐め?
罪滅ぼし?
呪い?
自罰行為?
薬物?
破滅型人格障害?
・・・何処か大切なネジが吹き飛んだ歪な愛?
異常な心理が織りなす変態的恋愛?」
「・・・最後のふたつは聞かなかったことにしときます。
よくもまあそれだけネガティブかつ不愉快な状況を思いつくなと呆れますが。
ねっ、変でしょ。
当事者の先輩ですらそうです。
第三者の視点で語ってみれば、妖しくも猟奇的な情景しか提示できないわけです。
それが世論ってもんです。
学園アイドルが悪役令嬢でも脅迫に屈する汚れた妖精でもそれはそれでアリなんです。
学園アイドルが邪な悪意や変質者気質なぞ持っていない。
他者からの強制的なバイアスも掛かっていない。
ただただ、純粋な気持ちから底辺のモブ小僧に情理を尽くす。
そんなことだけは、絶対にあっちゃいけないんです。
全世界の恵まれない男子高校生の一般常識です。
まっ正直で善意の塊と言って差し支えのない、毛利先輩みたいな優良女子だってそうじゃないですか。
あれだけネガティブで不愉快な状況が見えちゃうんですよ。
ふたりの関係を他人目線で客観的に考察すればどうです?
好意的解釈なんて春琴の笑顔ほどにも出て来やしない訳でしょ?
これが思春期真っ盛りで、性欲の安全弁がいつ吹き飛んでも不思議じゃない汗臭い男子共だったらどうなると思います?
モブダチで彼女のいるやつなんて皆無です。
稀少な彼女持ちは大抵、一般男子がシブシブながらも認めるしかないスペックを搭載してるんです。
運動部のエース?
ハンサムで背が高い?
温厚で頭が切れる?
剽軽で性格が良い?
ガキっぽい評価基準だと心ある女子に失笑を買ったって、やつらが少なくとも自分より優れたスペックを実装していると思う。
そう思えるからこそ、僕らみたいな役名もつかない大部屋だって何とか正気でいられるんです。
友人から聞いて分かったんですが、はっきり言って毛利先輩は高根の花子さんです。
天上からの稀人です。
何かの誤解か行き違いである事は確かなのにですよ。
そんな高貴な美少女が親し気に駆け寄ったのがよりによって番付外の僕なんですよ?
最悪です!
『あれだな。奴は惨めな佐助だな』って蔑まれるならむしろそれは望むところです。
もてない男子の僻みや妬みなんて先輩にはお分かりにならないでしょう。
そんな連中に『毛利先輩は春琴ばりのサディストで、対する僕は春琴にこれっぽちの関心もましてやマゾっ気なんてみじんもない哀れな佐助だ!』ってどんなに言い張ろうと焚火にニトログリセリンなんですよ。
そんな訳で、僕は級友や先輩諸兄にあらぬ誤解を受けまくりました。
今や僕は孤立無援のワンマンソルジャー状態です。
男は閾(しきい)を跨げば七人の敵ありと言いますが、僕なんか校門を跨げば482人の敵ありですよ?」
円の長いモノローグが終わった。
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