第3話 垂直少年と水平少女 1
「・・・で、何の用ですか?
週末の放課後だって言うのに。
それもわざわざ人気のない生物室なんかに呼び出して。
告白がありえない以上・・・カツアゲですか?」
円は心底ウンザリと言う表情で切り出した。
「何の用って、昨日の事故の事に決まっているでしょう?
安心なさい。
告白では絶対ないしカツアゲでもありません!」
おそらく男子から円の様な言われようをした経験が無いのだろう。
毛利ルーシーは少しムッとしたような口調で切り返す。
「・・・毛利先輩にも僕にも大した怪我はなかったんだし、迷惑かけた先生方には休み時間に謝りに行きましたよ?
・・・前方不注意だった僕が全面的に悪いんだと思います。
本当に申し訳ありませんでした」
実の籠らぬ詫びの言葉である。
「・・・」
「それでは僕もう行きますね」
「ちょっと待って。
ちょっと待ってちょうだい」
「もうお話は済んだかと。
・・・土下座でもすれば許してくれますか」
「あなたは何か勘違いをしています。
わたしはあなたに謝罪を要求するつもりなんかこれっぽっちもありません。
聞いているとは思うけれど、あなたのお姉様に対して父が放った暴言の事もあります。
謝りたいのはむしろこちらの方なの」
「それなら話は早いです。
土下座は単なる言葉の綾です。
先輩も僕なんかに謝る必要は無いですよ。
仰る通り、お父上の事は姉から聞き及んでおります。
大切な娘さんが事故にあったのです。
取り乱して感情的に成るのも無理はありません。
姉も先輩には誠意をもって謝罪を受けたと言ってますから、御心配には及びません。
そもそも、お父上と姉との間のトラブルです。
先輩にも僕にも関係ないことでしょう」
昨今の円にしては饒舌である。
だが姉や数少ない友人に対しては決して取らない冷ややかな声音だ。
「関係ないって。
・・・あなたは、いつもそんな感じなの。
その・・・わたしのことがそんなに嫌いですか?」
ルーシーの目が揺れた。
「・・・毛利先輩。
先輩が何を仰っているのか・・・。
いや何を仰りたいのか僕には全く理解できないんですけど。
そもそも一面識もない人間に対して好きも嫌いも無いでしょう」
荒畑が傾城の美女と称えるルーシーに対して全く動じること無い円である。
ルーシーは自分の美貌を鼻にかけて、目線を投じる位置を高くするような少女では無い。
むしろ自分のスペックを意識するが故にかえって自戒の念が強い。
少々自意識過剰と思える程に、気配りの利いた謙虚な気持ちを常に忘れずにいる。
そんな出来すぎ美少女だった。
だが当人の思いに関わらず、ルーシーが美少女であることは自明の理である。
いわゆる殿方にぞんざいな扱いを受けたことなど生まれてこの方一度もない。
それも事実だった。
ルーシーの謙虚は本物だ。
だが円の慇懃無礼な粗略さは、彼女が無意識にもつ驕慢を含んだ娘気質を大きく揺さぶる。
「待って!
そのまま行かないで!
お願い。
どうか待ってください」
「・・・手。
放してくれます?
痛いです。
・・・ほんと。
毛利先輩は何をしたいんですか?
朝っぱらから衆人環視の元。
幼気(いたいけ)な後輩をいたぶるような笑顔で一年の教室に現れたり。
いきなり耳元に口を寄せてきて放課後生物室で待ってるから。
なんて、囁いたり。
非常識にもほどがあります」
円の口調は氷点下に振れる。
「・・・わ、わたしだって、す、すごく心配したのです。
病院で、気を失ってあどけない寝顔を晒す加納君の姿しか見ていなかったし。
・・・お姉様、双葉さんからあなたのクラスはお聞きしていたから様子を見に行ったの。
そしたら、あなたは調子良さそうにちゃんと動いていました。
そればかりか元気も良さそうだったので、つい嬉しくなってしまって。
それにわたしには、どうしてもあなたに話したいことがあるの。
人には絶対聞かれてはならないことだから。
ちょっと恥ずかしかったけれどああするしかなかったの。
変でしたか?」
いつものルーシーを知る者が見ればどうだろう。
まるで別人かと見紛うばかりの、気弱で途方に暮れる少女がそこにいる。
理知的で大人びたかんばせも言葉も、今のルーシーには無い。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます