破滅の数歩

青空一星

数歩の運命

 男が歩いていた。何事にも本気になれず、何も成せなかった男だ。本日は世間で言う平日で仕事に追われる者、毎日を同じように潰す者に分けるのなら男は後者、手ぶらで町を歩いて悠々と散歩を楽しんでいた。

 そこへ悪魔は現れこう言った


「お前つまんなそうな人生送ってんな!

そんなお前に…じゃじゃーん!

この『世界破滅時計』をやるよ。

マ!楽しめよ、

貴重なあとちょこっとをナ!」


 ニシシと笑い悪魔は消えた。いつの間にか悪魔の取り出した腕時計は男の右腕にはまっていた。

 禍々しいデザインなどではなく、いたってシンプルな時計だ。どうやら歩数が刻まれるタイプの腕時計らしい。

 何か面倒くさい事に巻き込まれたなと考えていると


ドッ


前から歩いてくる人とぶつかってしまった。ふと時計を見るとカウントが進んでいる。

 普通の時計と違うのはここで、カウントが増すのではなく減っている、つまりカウントダウン形式の歩数計なのだ。

 あと12歩らしい。


 男は考えた。悪魔はこれを『世界破滅時計』と言った。このカウントが意味するのは"0"になった時、世界が破滅するということなのだろうか。

 気になるところはもう一つある。この時計には秒針もちゃんと付いていて、よく見ると14:56に赤い印が付いている。

 そう、この時計は24時間分の時を刻むように作られており、印はあと12分後の"14:56"を示している。もしかするとこの時、世界は破滅するのかもしれない?

 どちらが正しいのか判断しかねたのでとりあえず後回しにすることにした。


 後者の場合であれば当たり前に時が進み、予定通りの時間に世界が破滅するのだから"自分のせい"ではない。気兼ねなく残り数分の人生を送れることだろう。

 しかし前者であった場合、"自分のせい"で世界は破滅することになる。

 そう考えると急に寒気と震えが起こってきた。

 「自分のせい」などという、なんとも居心地の悪い言葉が男は苦手であった。さらにその規模が世界だというではないか、男はかなり気を動転させてしまった。


 そしてあまりにも震えたものだから男は足をもつれさせ、後頭部を地面へぶつける羽目になった。慌てて時計を見ると時計のカウントは二つ進み、"10"を示している。

 手を突いたことでカウントされてしまったのだろう、男はさらに震えた。

 全力など出せたことのなかった男が珍しく汗を吹かせている。


 これで下手に動くことができなくなった男は助けを求めた。ただし心の中での話だ、実際に声をかけたりなんてしない。じっと通行人を見つめるだけだ。


 当然通行人は見ず知らずの男の視線など躱し、まっすぐ自分の道を歩いていく。

 しかし、物好きもいたものだ。わざわざUターンまでして男に近づき


「こんにちは、どうかされましたか?」


と手を差し出した老人がいた。男は嬉しくなり、その手をガッと掴んで後方にいた老人へ距離を詰めて感謝の言葉を浴びせた。

 人に感謝されるのだから悪い気はしない。老人はニヤニヤと男を見下した。


 男はというと時計を見てしまっていた。時刻は"14:50"を示している。あと"6分"だ。


 男は老人に泣き付き、事の顛末を話した。老人はトチ狂った男に関わってしまったと後悔している。

 チラと男の時計を見る。男の虚言が本当なら、あと"4歩"でこの世界は破滅するらしい。全くもって馬鹿馬鹿しい話だ、こんな時計なんぞに世界が破滅させられてたまるか。


 老人はあまりにも男がしつこいので男の腕時計を奪い、自分で付けてみせた。

 だが男は喜べなかった。なぜなら時計は依然として男の腕にしがみ付いているのだから。


 老人が付けた時計は残りのカウントである"3"を示し、男のようなシンプルな白銀の時計ではなく、禍々しいデザインの紅い時計となっている。

 老人は元々向かっていた方へ1歩前進したかと思うと、男の方へ振り返り向かってきた。男を嘲笑うためだけに4歩後退したのだ。すると老人は胸を抱えて苦しみだし、倒れた。それはもう呆気ない破滅だった。

 腕に付いていたあの恐ろしい腕時計は消え去っていた。


 ここで男には一つの答えが浮かんだ。

 「そもそも世界とは自分の住むこの世界のことではなく、自分という人間が生きる世界という考えなのではないか」というものだ。

 カウントは装着者の寿命歩数を表したものであり、世界の破滅には関係なく自分が死ぬことでが破滅するのだ。


 しかしここではっきりしないのは印の意味だ。

 印に秒針が着けばカウントと同じように自分は死ぬのか?だがそれでは別々に分ける意味が見当たらない─


 ─まさか秒針が印に着いた時世界は破滅し、自分も死ぬのではないか?


 そこで老人の腕時計を思い出す。

 そうだ老人が歩き切った時、腕時計は消えていた…なるほど悪魔の考えそうなことだ。つまり自分の意思で死ぬか、それとも世界を破滅させるまで待って死ぬかということなのだろう。


 秒針はあと1分で"14:56"を指し示す


 男は何に対しても努力をしない人間であった。だからこそ時間を潰すことに慣れ、当たり前のように毎日を生きてきたのだ。

 だがこんな男にもプライドがあった。


 1歩


 自分が死ぬだけで救われるのなら、それがただ歩くだけで行えるのなら


 2歩


 これまでに自分の行動に自信など欠片も無かった。努力などできない自分には人に誇れるものなど無いと信じていたから。だが─


 3歩


 男の目には涙が浮かんでいる。感激の涙だ。

 この時初めて自分が自分を許してやれた、やっと自分を認めれてやれた。そのことが嬉しかったのだ。


 4歩─

「あめぇな」


ドッ


 背後から蹴られ、男は穴の中へ落ちていった。秒針は"14:56"を指し示した。


「最後の最後に無駄な意地見せるなんてな〜

マ!オツカレさん」


 ニハハハと悪魔は笑う。自業自得だとでも言わんばかりに。

 穴のフタを退けたのは貴様だろうに。


 ガアアン!!!!

と世界には耳元で鉄骨がぶつかり合ったかのような轟音が響き渡った。




───


 男が目を覚ます。はしごを伝って外へ出るとビルの群れは瓦礫の海となり、世界は破滅していた。


「ようこそ脆弱な人間よ。このお前のせいで破滅した世界へ。

マ!精々生きて楽しんどけよ、

この世界をサ!


人生、これからだろ?」

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