第89話 牢屋からこんにちは

「みずきさんご苦労様! めっちゃ早かったね」


「はい。悪は許しません」


「名前に悪って入ってるけど?」


「気のせいです」


 ここは街の中心に位置するセントラルパーク中央通り。


 マップのど真ん中には警察署が構えている。


「ほんじょー。ここでじっとしててね」


「みずきさん。いつまでじっとしてればいいですか?」


「私がいいって言うまで」


 お母さんかよ。


「罰金払えば出所できるんですよね?」


「お金あるの?」


 くぅ!


「……あるよ」


「その様子だと無さそうね。というか始まったばかりだからお金ないよね」


 そう。


 このゲームは何でもお金で解決できるのだ。


 捕まっても罰金払えばいいし、ケガしてもメディックに治療費払えば癒やしてくれる。


 でもそれはお金があること前提。


「ここが牢屋ね。くれぐれも脱獄しないように」


 手錠をかけられた僕は地下の牢屋に幽閉された。


 なんてこった。


 初手ブタ箱スタートかよ。


『みずきちゃんに捕まったんだから本望だろ』

『それな』

『痛ぶってほしい』

『キモ』

『一文無しなのにどうするん? サ終までここ?』


 甘いなリスナーは。


 僕にだって秘策があるのだ。


「みずきさん」


 僕は鉄格子てつごうしの前まで立つ。


「二人っきりだから言いたいことがあるんだけど」


「嫌」


「待って下さい行かないで僕を捨てないで!」


「……なに?」


 ふーっと長く息を吐く僕。


 ちょっと緊張するな。


「その、みずきさんってめっちゃ美人じゃないですか」


「あ?」


「いやほら。会ったとき女優かと思いました」


「それで?」


「夏が来たしまた藤井さんとも遊びに行きたいな~って。海でもいかが?」


「…………」


「ああー待って行かないでごめんなさい!!」


『ほんじょー必死で草』

『なにを言い出すかと思えばそんなことか』

『お前美女二人と海行ったら許さんぞ』


「この前会ったとき、ほんじょーがよそよそしくてちょっと不満だった」


「それは申し訳なく思っております」


「ちょっと距離置こうとしてなかった? 心が遠くにあったよ」


「だって緊張してたもん……」


「だって禁止」


「じゃ、じゃあ! 名誉挽回ってことでもう一回チャンス下さい!」


 即座に土下座。


「二人っきりで行こうよ」


 ファッ!?


「ダメなの?」


 ダメじゃない。


 もちろん行きたいです。


『お前配信中にこんなこと言って大丈夫か? みずきリスナーに56されるよ?』

『ほんじょーリスナーも血眼になってほんじょー探すよ』

『海でほんじょー見つけたら全裸で飛びかかるからな』

『男だらけのプロレスするからな』


 うるさいリスナー!


 と言うより、ここを出たいだけなんだ!


「どうなの?」


「い、行こうか」


「そう。夜は夜景の見えるラウンジでディナー。花火も見たい。浴衣着て」


 なんか用件増えてない?


「夏祭り。ビアガーデン。おしゃれなカフェでゆっくりしたい。それと……」


「ちょっとみずきさん。目が怖いです」


「素敵なサプライズがあると尚よし」


「僕にできると思ってるんですかそれ?」


「……今のムカついた」


 えっ。


「やっぱり距離置こうとしてる。業務的」


「いやだってほら……」


「だって禁止」


 最適解がわからん!


「ふーんだ。もう行くね」


「あぁちょっと!?」


 みずきさんの背中に語りかけても振る向くことはなかった。


『ほんじょー……』

『お前ってヤツは……』

『どうなろうがほんじょーはほんじょーだな。なんか安心した』

『やはりこっち側か』


「あぁ~どうしよう。ほんとにマジでがちで困った」


「盗み聞きしてたわけじゃないが、面白かったよ」


 ん?


 隣の牢屋から声がした。男性の声だ。


 壁面に近づくとプレイヤーネームが表示された。


「MODAKIN TVって……あのモダさん!?」


「やあ。あのモダだよん」


 うっそここで会えるなんて!


 チャンネル登録者三百万人越えの大物配信者で、生放送黎明期から今も輝きを放つトップ配信者。元ゲームプロで一線は退いたけど実力は衰えていない。


 そんなビッグネームがなんでここに?


「初めましてほんじょーって言います」


「あ~知ってるよ! 炎上擁護の人だよね?」


 涙出そう。


「はい! まさかモダさんに知って貰えているなんて……」


「最近は若い子が人気だからおじさんつい調べちゃうんだよね」


「嬉しいです。でもモダさんがどうして牢屋に? 確か探索者でしたよね?」


「いや~おじさんそれがさぁ~。テンション上がりすぎて近くにいたVの子をお触りしちゃってさぁ~」


 草。


「そしたら別のポリスに捕まったんだよね。でもドキドキしておじさんには良い刺激だった」


 最速逮捕は僕じゃなくてモダさんかよっ。


「反省してるんだけど、ここ出たいよね?」


「はい!」


「じゃあさ、今だけ同盟を組もう。ちょっとケツ……耳貸しな」




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