第76話 掲示板、拡散祭り

『なぁあかぼんは来ないのか?』


 僕の配信で書かれたコメント。


 これには同感だ。


 もうすぐ一時になる。


 なのにヤツは現れない。


「来ませんね。来ないのなら来ないで構いません」


『これでいいんか?』

『別にいいだろ。逃げたんだろあいつ』

『つまんなえなあかぼん。これで終わりかよ』


「油断は大敵です。絶対に何かしてきますから冷静に行きましょう」


『売上げはどうなんだ?』

『わからんな』

『良い調子なんじゃない? さっきからコール止まらないし』


 店内は盛り上がり続けている。


 景気の良い声が各席から届いてるし、今日は二十五日なので世間では給料日。


 大人は羽振りがいいはずだ。


『おい売上げが表示されてるぞ』

『マジだ』

『三百二十万か』

『これって合計の数字?』


「えっどこに書いてあります? あぁ画面に表示されたのか」


 モニター右下に白文字で金額が表示された。


 時間的にもうすぐ折り返しになるが……


『思ったより負けてるじゃん』

『こういうときって太客が来るだろうから大丈夫なんじゃね?』

『おいカメラが裏手に回ったぞ』


「そうですね裏側に行きましたね。テレビ見てるみたい」


『ホストの仁義なき戦い! みたいな番組あったよな』

『あーあったあった』

『それより生々しいけどな』


 通路には数人のホストがスマホ片手に壁に寄りかかっている。


 こういうのも見たことあるなぁ。


 そのうちの一人にカメラが近づく。


「ミキさぁ、今日が大事な日だって言ってたよね? どうにか来れないかな?」


 このホスト随分曇った表情してるな……


「ミキのことだって大事にしてるしランキング上位を一緒に目指すって約束したじゃん! マジでお願いだよ!」


 うーん口調が強い。


 これが営業電話ってやつね。


 僕には絶対ムリ。


 間違いなく。


 ビビって声と足が震えて生まれたての子鹿みたいになる自信しかない。


「だからさぁ! ……切りやがった」


 切られたのね。


 なんか見たいようで見たくない。


「今日来れないの?」


 そう話すのはオールバックであごひげを携えた中年の男性。


 スーツをビシッと着こなしてかっこいい。


「はい……切られちゃいました」


「お前このあとどうすんの? 見立てあるんか?」


「すみません。もう電話し尽くしました」


「絶対呼べつったろ。その詰めの甘さが今のランキングなんだろ。何年やってんだ」


 くぅ言葉が強い。


 僕は見てるだけで胃がキリキリしちゃう。


 きっと僕がサラリーマンしてたらこの圧に負けて辞めると思う。


 やはり僕は社会不適合。


『うわパワハラ』

『はい炎上案件』

『このホストクラブはパワハラ上司がいます』


 急に盛り上がるアンチコメ。


 今のは映さなくてもいいような……


「とりあえず新規の席回って。あといくらだっけ」


「今月は……あと二百万くらいです」


「ギリギリだな。死ぬ気でやれ。今日は支配人も来てる、失敗は許されねえぞ」


 オールバックの男性は発破をかけて送り出した。


 そしてカメラが男性に寄る。


「配信をご覧のみなさまこんばんは。当ホストクラブマネージャーの九条です。今のはよくある光景なのでご心配なく。彼はやる男ですから」


 フォローなのか誤魔化しなのか怪しいが、男性はお楽しみ下さいと告げて去って行った。


『ホストも楽じゃないよな』

『酒飲みながらだからすげーよ』

『お前ら酒焼けしてるもんな』


「まぁまぁエンターテイメントですからね。これもホストクラブの一面でしょう」


『まあな』

『なあ同接増え始めた』

『ほんじょーの?』

『あっちの配信だよ』


「ほんとだ……って二千人!? 何倍も増えてるけど!」


 二千って言うと名の知れた配信者レベルだ。


 どうしたんだ急に……


『荒らしていい配信ってここなの?』

『なんか7ちゃんのリンクから来たけどこれなんなの?』

『俺も7ちゃんから来た』

『なにこれホストの裏側?』

『ポコチンポコチンポコチン』

『よっしゃ荒らしたろ』


「7ちゃん……? ってあの大規模掲示板の7ちゃん?」


『おいほんじょー! 7ちゃんにここのリンクが拡散されてる!』

『マジだ! おい7ちゃんはマズいぞ!』

『なんだこれコメントの流れが速すぎてまともに見れねえよ』

『晒しスレにもリンクある。荒らし集団もいるからマジでやばそう』


 僕はスマホを手に取りまとめ掲示板に飛ぶ。


 ここ荒らして下さい、ホストが配信してます、人気の動画はこちら! ってスレッドが立ちまくってる。


 こんなことするのはきっと……


『よーしチー牛ども思う存分やれw ここからが本番だぞ!』


 あかぼんっ……!


 遂に来やがったか!


『ブサイクばっかりwww』

『馬面おつwww』

『はよ閉じろよ』

『つまんねー配信ww』

『チー牛舐めんなよ』

『拳で』


 みるみる増える同接。


 これが、これがヤツの狙いだったのか。


 大手配信者が荒らされた時によく見る光景。


『とんでもねえ数だぞ』

『A.CALLの名前がトレンドに上がってる!』

『おいどんすんだこれ』

『四千越えた』

『だからって負けたわけじゃねーだろ』

『同接が勝ち負けじゃない』

『でもスパチャは減る。さっきからスパチャ飛んでないし』


「僕の考えが甘かったです……僕はてっきりあかぼんリスナーだけが来るもんだと思っていました。まさか7ちゃんを利用されるなんて……」


『ほんじょーさん気を取り直して下さい! そしたら私たちが応援するよう呼びかければいいんです!』

『俺もそう言おうとしてた』

『俺も。まさか考えも一緒だなんてマイエンジェル』


「! そうですね、もっと呼びかけてきますね!」


 おもむろにスマホを握りリンクを張って応援して欲しいと投稿。


 少しでも効果があれば……!


「まだ。まだ慌てる時間じゃないですね」


『おうよ』

『こっからよ』


 だけど画面に映る売上げは増えていかない。


 僕の呼びかけが効いているのか同接は増えるが、きっとそうではない。


 呆気にとられていると同接は三千人を突破した。




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