第65話 いざ参る

 今日は何の日だ?


 そう、六月一日。


 去年の僕なら期末テストに震えはじめ、クラスメイトたちは夏休みに向けてソワソワし、部活に励む人は最後の大会に向け追い込みを始める。


 いや、そんなことはどうでもいい。


 今日。僕はあかぼんと対峙する。


 でもいきなりボスと斬り合うわけじゃない。


 今回は顔合わせ程度で済ます。


 宣戦布告ってやつさ。


 あかぼんがこのあと配信することは知っている。


 そこに凸って通話まで繋げるつもりだ。


 もちろん僕も配信する。


 彼は僕について何とも思っていないだろう。


 なんならその辺のハエ程度と思っているかもしれない。


 でもほんじょーという存在を見過ごせないように強く意識させるのが目的だ。


 そうすればヘイトは僕に向く。真那月レンに向いていた矛を僕に向けるのが最初の作戦。


 そんじゃ、配信開始っと。


『よお待ってたぜ』

『今日やるんだろ?』

『俺たちも加勢するぜ』

『おい女の子はいねえのか?』


「みなさんこんばんは。今日は荒れると思います。でもみなさんは黙って見ていて下さい。戦うのは僕です」


『ああ、しっかり見届けよう』

『女の子いねえの?』

『黙れ童貞』

『お前もやろ』


「みなさんはいつも通りですね。安心しました」


 なんだかんだで僕の配信も常時七百人くらい見るようになったな。


 嬉しいことやで。


 七百人も見てるのにコメントに変化なくてそれもそれでどうかと思う。


「――ふぅ~口が渇くな……」


『緊張してるん?』

『そりゃするだろ』

『ほんじょーさんこんばんは。暴言とか苦手ですけどほんじょーさんならやってくれるって信じてます。頑張って下さいね』


『このコメントは……マイエンジェル!!!』

『安心しな。ほんじょーが負けそうになっても俺たちが守るから。もちろん君も守るよ……この手で』

『文豪すぎて草』

『ラインやってる? 今度ご飯でもどうかな?』

『マッチングアプリやってろホモガキ』


 気づけば男性リスナーの割合も減って女性リスナーが増えていた。


 これには存外。


 もしオフ会開いたら来てくれるだろうか。


 いや、よこしまな考えだな。やめておこう。


 そもそも僕なんかがオフ会できる器じゃない。


 人が集まってきたら「おっおふ……」しか言えなくなるし。


『時間じゃないの?』


「いけね。じゃああかぼんの配信を覗きます」


 キャプチャしてないモニターであかぼんのチャンネルを検索。


 配信タイトルは「チー牛の革命児が行く炎上配信」か。


 今日は誰を標的にするつもりなんだ?


「じゃあ配信見ます。ここから音声だけです」


 小刻みに震える右手でリンクをクリックする。


 ワイプには真っ赤な服を着た人が映り、SNSで誰かのプロフィールを見ているようだった。


「コイツはイジったら面白そうだよな! なんかのFPSで規約違反してたのを隠してたけど見つかって今は休止してるっぽい。戻ってきたらお前ら荒らせよ!」


 声は低めだけど若そうな声。


 顔はわからないけど二十代前半あたりかな。


 妙に唾が出る。少し不快だ。


 なんか不思議な気分。


 誰かに立ち向かう人生ではなかった。


 隅っこに隠れみんながワイワイやってるところを遠巻きに見つめるのが僕。


 今日は……魔が差しただけ。


 そう。僕は臆病。


 弱い。


 生態系の最底辺に位置する生き物。


 ライオンは怖い。


 でも自分の居場所は守らないといけない。


 身内に居場所を奪おうとする輩がいるけどあれは宇宙からやってきてるのでノーカウント。


 正義感?


 違う。


 僕は炎上を擁護する形で住処を見つけた。


 ここが僕の帰るところ。


 誰にも邪魔させない。


 …………始めますか。


『あかぼんさん初めまして。ほんじょーです』


 これで送信っと。


「!? おいお前ら見ろよ! 炎上擁護で有名なほんじょーだ、叩け叩け!」


『真那月レンさんの件で来ました。ぜひ話しましょう』


「うちのVTuberがご迷惑お掛けしましたってか! とんだ負け犬だねぇ~」


『SNSアカウントに僕の通話ID送りました。あがってください。僕は配信しています』


「神回確定演出キタ――――! お前からも稼がせてもらうからな!」





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