第58話 本番

「五分前でーす準備お願いしまーっす」


 ふー。


 こりゃ緊張しますな。


「ぎゃはははお前ゲーマーのくせにしっかり未来考えてやがんだな!」


 扉の向こうから真砂さんの笑い声が響く。


 その笑い声は幾度無く僕を笑わせてきたが、いざ目の前にすると緊張を煽る声に聞こえてくる。


「ほんじょーさんって若いって聞いてましたけどマジで若いんすね。あっ配信見たことあります。真砂さんが好みそうな内容で俺も面白―なって思ってました」


 そう言うのは頭にタオルを巻いた若い兄ちゃん。


 スタッフさんでも僕のこと知ってくれてるんだ。


「初顔出しですよ……もう吐きそうです」


「Vtuber助けるためにイベントに殴り込んだのに緊張っすか?」


「あれとこれは違くて……」


「あれっすか配信モードになると行き着くところまで行っちゃうタイプっすか?」


 まぁ、そうかもしれないけど。


「わかんないです。若干私情も交ざってたんで勢いと何かです」


「いいですね勢い。これからも応援してます」


 無言で頷くと僕は再度スタジオに目を向ける。


 室内は暗転し中から人が出てくる。


「お疲れ。やりきった?」


「俺より笑い取るなよほんじょー」


「安心して。僕は面白くないから」


 出てきたのはプロゲーマーのHaYaTeだ。


 やりきった。って顔してるな。


 まるでサウナから出てきて水風呂で……


 いやなんか例え違うな。


 まあいっか。


「ほんじょーさん。スタンバイお願いします」


 若干の間を置いてから僕は意を決して部屋に進んだ。


 スタッフに案内され指定の立ち位置につくと、スタジオに備え付けられたモニターに三から順に数字が減っていき、


「続きまして、炎上を擁護することで人気を集めた配信者ほんじょーさんです!」


 真砂さんのコール後に部屋は明転した。


「あっ……どうもほんじょーです。真砂さんのファンのみなさま、本日はよろしくお願いします」


 複数設置されたモニターに映る僕。


 自分でもわかる。ガチゴチだ。


「おめーあれか。今日が初の顔出しだってな」


「は、はい……」


「おめーあれだぞ。ブサイクとか書いたリスナーちゃんと覚えとけよ。裏で特定してやり返せよ」


 言われてコメント欄を見ると、


『ほんじょーや!!!!』

『思ったより普通!!』

『チー牛かと思ってたけど普通やん』

『俺は普通だって信じてたからな』


 ――と、男性リスナーのコメントが続けば、


『まだ子供っぽいね』

『女っ気ないねw』

『今時の十九歳って微妙だね。芋っぽいw』


 これは女性リスナーだろう。


 そんなこと自分が一番わかってるよ。とほほ。


「まあ座れや」


「失礼します」


「さっきのプロゲーマーも未成年だって言うし、最近の若―のは勢いあんだな」


「は……はは」


「安心しろ。おめえにトーク力とかは求めてなんかいねえ。あえておめーの枠には企画を入れてない。ありのままで喋ってほしいからだ」


「……?」


「つまりよお、素のおめえが見てえんだよ」


「りょ、了解しました」


「まず教えてくれや。なんで炎上擁護をしようと思った?」


「先に断っておきますが、僕はただの社会不適合者です。年上からあーだこーだ好き勝手言われるのに耐えられません。かといって起業できるほど優秀じゃないです。だから生きる道を考えて辿り着いたのが、人が注目するコンテンツを扱うことです」


「興味ねえ芸人や野球選手が炎上すればつい調べるもんな」


「はい。だけど炎上を更に叩けるほど僕は強くないです。だから返って擁護してその人がやってきたことを知ってもらうことを始めて、気づいたら同接が増えていったって感じです」


「そこが気に入ったのよ俺は。よくいるじゃんか、変な情報通のヤツが裏で証拠掴んで爆弾投下するヤツ。悪いことしてたヤツの暴露なら評価できるけど、昔未成年と淫行してたとかさ、ぶっちゃけ興味ないのよ。だけどそういう情報で好きな俳優とかスポーツ選手が消えていくのが俺は気にくわなかったんだよ」


「僕は炎上を煽るのが嫌いです。その人に何をされたわけでもないのに面白がって拡散する人の気が知れません。あと炎上しても反省して戻ってくる場所を作るべきとも思います。なんで一回やらかしただけで全てを失わないといけないのか、僕は理解出来なかったです」


「だけどな、社会ってそういうもんだ。それが苦手なら社会に出ることを選ぶな」


「やはり僕は社会に向いていません」


「でもな、そこまで覚悟決めてブレることなくここまで辿り着いたことは褒めてやる。お前は面白―よ」


「ありがとうございます」


「でもな。必ず壁にぶち当たるしこの世に炎上を面白がるクズは星の数ほどいやがるから、有名になるとそいつらと戦う事になる」


「構いません」


「俺がアドバイス出来ることは一つだけ。信頼できる仲間を一人でも多く作っとけ。いざって時に自己犠牲問わず救いの手を差し出してくれる心強い味方をな」


「じゃあ真砂さんお願いします」


「うるせーおめえはまだリストに入れねえ。自分から踏み込んでこい」


「そ、そのうち」


「楽しみにしてるぜ。でも俺が炎上したら助けてくれよな」


「助けてもらえるよう踏み込んでください」


「ぎゃははは! 頑張っておめえのゾーンにズカズカと踏み込んでやるわ」


 もしそうなったら、僕は真砂さんを助けるか?


 わからない。


 その時の自分に任せよう。


「ところでよ、VTuber以外に誰を助けたんだ?」


「直近だと中学生です」


「ぎゃはははは! どうやって中学生の炎上を擁護したんだよ!」


「その……トークアプリで知り合って……」


「やっぱ配信者って変わりもんだな。その話し聞かせてくれや」


「あれは……」


 あれ?


 なんだか話してて気持ちいい。


 スラスラ言葉が出てくる。


 これが真砂さんが長く愛される所以ゆえん


 この人も随分変わってる。


 配信者は色んな人がいるけどやっぱりアブノーマル!


 ほんじょーはスタンダードであることを約束する!





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