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「……から転校してきました、冬原雪と申します。趣味は本を読む事と散歩です。6月という中途半端な時期での転校ではありますが、皆様と一緒に勉学に励んで行きたいと思っておりますのでどうぞよろしくお願いいたします」
翌日。冬原の言った言葉が言霊となったのか春風や佐一と同じB組の教壇前に冬原は立っていた。肘を付き冬原の自己紹介を聞いている春風の肩を横の席の委員長がちょいちょい、と突いて話しかける。
「ねぇねぇ、転校生の事どう思う春風君?すっごく可愛いけど?」
「んー……まぁ、否定はしないが」
「えっ」
「なんだよ委員長」
「いや、いつも素っ気なくて女の子に一切興味ありませんみたいな感じだからまさか肯定されるとは思わなくて」
「一応男子高校生だぞ俺は?人並みに異性に対して興味はある」
「……じ、じゃあさ、今日の放課後とかわた、私とで、でっででで……」
「あー、じゃあ冬原の席は春風の後ろで。丁度一人分スペース空いてたからちょうど良かったしな」
「はい、分かりました」
冬原が席の方へと向かい座るとホームルームが始まり、担任が連絡事項を伝え始める。再び春風の肩が叩かれるが今度は横ではなく後ろの方、冬原からのものだった。
「春風さん」
「ん?」
「言った通りになりましたね」
「ん、偶然って凄いな」
「えぇ。来たばかりで慣れていませんので、昨日の様に何かありましたら頼りにさせてくださいね?」
「はいはい、畏まりましたよ」
「ふふっ」
「ね、ねっ、ねねねねねとっ、寝取らっ、寝取られぇ……」
「委員長、そういうのはまず付き合う所まで行ってから言おう?」
「め、めがねくぅん……」
「後俺の名前をいい加減覚えてくれよ……」
その横でこの世の終わりのような顔をしている少女がいたが、二人が気付くことはなかった。
ーーー
「へぇー、じゃあ二人は昨日知り合った訳か」
「そうなんです。道に迷っていた所を春風さんが助けてくれまして」
「なるほど。ハルが初対面の女の子を助けるなんてどういう風の吹き回しだ〜?うりうり」
「うぜぇ。やめろ肘でぐりぐりしてくんな。俺だって人助けくらいするっつの」
「とか言って、本当は可愛いからお近付きになろうって魂胆だったんじゃねぇの?」
「百歩譲ってそうだったとしてもそれ本人がいる前で聞くことじゃないだろ」
「あら、私は構いませんよ?自分が異性からそういう目で見られる事には慣れておりますので」
「だそうだけど?」
「お前らな……」
昼休み。冬原と佐一、春風の三人は魔研部の部室でもある空き教室にて昼食を取りながら会話に花を咲かしていた。
転校生、しかも美少女と言う事でかなり目立つ容姿をしている冬原が食事くらいはゆっくりと食べたいと春風に相談した所、この学園で最も危険かつ近寄っては行けないところとしてあらゆる生徒や教師からすら警戒されている魔研部の部室へと訪れたのだった。
「……ありとあらゆる所で人助けをしている善意の塊みたいな人にだけは言われたくないだろうけどねぇ」
「あ、志那。起きたのか」
「椎咲先輩もしくは志那さんあるいは部長と呼べとずっと言っているだろう佐一。2ヶ月も立つのに未だに馴れ馴れしいなぁ君は」
「お前なぁ……いいだろうが別に。幼馴染なんだし」
「幼馴染と言っても付き合いがあったのは小学3年生頃までで今年久々に再開したばかりじゃないか。いつまで幼い頃の感覚を引きずっているんだい君は」
「……春風さん。佐藤さんと椎咲先輩って親しい仲なんですか?」
「あぁ。家が隣通しで同じ保育園に通っていたから家族ぐるみでの交流があったらしい。小学3年生の頃に椎咲部長の父親が転勤する事になって、家族で一緒に引っ越す事になったそうだ。年賀状とかは毎年送り合っていたらしいけどな」
「では、再会なさったのは……」
「学園に入学してからだな。入学式の時に同級生の妹が持っていた風船が飛んで、木に引っかかっていたのをあいつがひとっ飛びで取ってな。それをたまたま見ていた運動部系の先輩達に部活の勧誘で追っかけ回されたんだと。それから避難しようと逃げ回ってこの空き教室に飛び込んだら」
「丁度椎咲先輩がいらっしゃった、と言う訳ですか」
「椎咲部長がどうかは知らないが、少なくとも佐一は一発で見て分かったらしいぞ。昔から見た目が変わってないから」
「そうなんですね」
「どうやら君には上下関係というものを再び一から叩き込まないといけないようだねぇ……」
「やってやろうじゃねぇかコノヤロー!」
「相も変わらず威勢だけはいいが、いつまで保てるかなぁ!?」
椎咲が1歩地面を足で踏みしめると、バチバチ、という音と共に椎咲の周りに青い光が漂い始め椎咲の足元に陣が描かれていく。流石にその様子を見て春風と冬原も静観している訳にもいかないため立ち上がり二人の間に割って入った。
「あー待て待て待て」
「そうですよ!ちょっと落ち着いてください!流石に魔法を使うのはやりすぎです!」
「やるんだったら俺と冬原が教室出てからにしてくれ」
「春風さん!?」
「いや、止めるのも面倒だし好きなようにやらせるのがいいかな、と思って……」
「よくないです!」
「えぇ……」
「もう!とにかく、お二人とも喧嘩はやめて下さい!」
「いや、冬原君しかしだねぇ?」
「そうだぞ、そもそもこいつが……」
「お・や・め・く・だ・さ・い!!!」
流石に今日会ったばかりの人間にそこまで言われて食い下がる二人ではなく、渋々と言った様子で椎咲は魔法陣を消した。
「もう……春風さんも止めましょうよ」
「いやまぁ、最初の頃は止めようとしていたんだけどな?これをしょっちゅういつものようにやってんだから止めるのも馬鹿馬鹿しくなって……」
「よくやってるんですか!?」
「しかもどちらも無駄にスペックが高いからな。椎咲部長は1000年に一人と言われる魔法の天才でそれこそ自身の体内の魔力をコントロールして身体能力を上げるってのが当たり前のようにできる上にその気になれば魔法陣無しでの魔法の発動ができる人だし、佐一は素の運動神経や反射応が超人のように高い上に魔力の流れを見る事ができる魔眼の持ち主だし」
「嘘でしょう……?」
信じられないといった顔で椎咲と佐藤を見る冬原。
魔法陣無しでの魔法の発動というのは複雑極まりない魔法陣の式を1ミリの間違いなく記憶してそれを完璧に脳内でイメージする必要があり、また魔力コントロールによる身体能力の向上は、いわば体内の血液の流れを自分で自由自在に流れを早くしたり遅くしたりする事ができるという事である。これができる魔法使いというのはまず人間にはおらず、1000年以上前にいたとされる紫電の魔女のみとされている。
また佐一の持つ魔眼も非常に貴重かつ滅多に見られない遺伝子異常からくる先天性のもので、魔眼を持った人間は10億人に一人と言われているものである。
「……まさか春風さんも何らかの超人的な才能を持っていたり?」
「いや別に。俺はただ人よりちょっと魔力量が多いってだけだよ」
「常人の3倍の魔力を保有する人間が何を言っているんだい?」
「別に珍しくもないでしょうそのくらい」
「先天性魔力飽和症って30人に一人いるくらいの確率なんだっけか。充分珍しい部類だと思うんだけどなぁ」
「10億に一人のやつがよく言うな」
「そんな万能なもんでもないしな。結局の所魔眼を持っているからって魔力のコントロールが上手いっていうとそんなことはないし」
「全くだね」
「うっせ」
「はいはい。お二人の仲が宜しいのはよぉく分かりましたから。ほら、そろそろお昼休み終わりますし教室に戻りましょう?」
冬原の言う通り時計を見れば確かに時計は昼休憩の終わりに差し掛かろうとしていた。
「もうそんなに時間立っていたのか」
「次は第二演習場での実技だったっけか」
「ふむ。ここからだと少し時間がかかるし、少し急いで行き給えよ」
「志那は次はなんの授業なんだ?」
「なぁに。私にとっては退屈極まりない魔法陣理論の座学さ。なんならここで寝ていてもいいのだが……」
「せめて教室にはいろよ。サボりで単位落としても面倒だろ?」
「まぁ、それもそうだねぇ。仕方ない、戻るとしよう」
「春風さん、私達も戻りましょうか」
「ん、そうだな」
先程までの剣呑な雰囲気が嘘のようで、荷物を纏めた4人は教室から出ていき、その話し声は教室から遠ざかっていった。
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