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放課後。春風は佐一に言われた通り学園からの帰路についていた……ということはなく、いつものように自らが所属する部活の活動場所である研究棟3階の教室へと訪れていた。昨日部室に忘れていったノートを回収するためである。部室には数多のノートが置かれており、その全てが研究用の、魔法陣の基本式や改良案が書かれたものである。しかし、そのノート群の中にどうやら間違って通常の授業用のノートを忘れてしまっていた為、それの回収に来たのだ。
教室のドアを開けようと取っ手に手をかけた瞬間、教室内から非常に強い光が放たれ取っ手を掴んでいた手に強烈な痛みが春風を襲った。
「痛ってぇぇぇ……!」
ビリビリとした痺れるような痛みと火傷したかと思うような熱さに耐えきれず廊下に倒れ込みゴロゴロと転げまわる春風。すると春風が開けようとしていた空き教室のドアが内側から開けられ、ドアの取っ手よりも少し高い程度の身長の、丈があっておらずワンピースのようになっているダボダボのパーカーを着た気だるげな少女が廊下で転がる春風を見つける。
「おや、春風君。佐一から今日は部活に来ないと聞いていたのだが」
「あちぃ!熱いしビリビリする!?し、痺れが……っ」
「……ふむ。どうやらとんでもない巻き込み事故にあったようだ。可哀想だが私にはどうしようもできないんだ。申し訳ない」
「ぶ、部長のせい……!」
「と言われてもな。残念な事に私は治癒とかできないんだよ。どうしてかは分からないけどね?」
「ま、前性分じゃないからやらないだけって自分で言っていたと思うんすけど……」
「おや、そうだったかな?じゃあそれは間違いだよ。そういう事にしよう。私は治癒魔法は使えないんだ」
「この女まじで……っ」
痛みや熱は引いたものの、未だ痺れる右手を庇いながら立ち上がり教室の中へと入る。先程の閃光を起こした何かが原因だろう。教室の中は机椅子、ノート類や機械類が辺り一面に散乱しそれはもう見るも無残な光景となっていた。
「……今度は何やったんですか」
「いやなに。電撃魔法の魔法陣を書き換えて空中で電撃がより拡散せず矢のように一本の線となって飛ぶようにしようとしたのだが、陣に書き込んだ式が間違っていたようでね。全方向に電撃を放ってしまったのさ」
「やろうとしていた事の真逆の現象が起きてる……」
「いやはや、私としたものがうっかり。やはり魔力で体を強化しても五徹の疲労は打ち消せないみたいだね」
「俺が言えたことじゃないけど寝たほうがいいと思います」
「ふむ。それもそうだね。じゃあ気が向いたら寝ることにするよ」
「絶対眠らない……」
後で佐一に言っておこう。そう心に決めた春風は散らばったノートの中から自らのノートを見つけ出し、鞄へと入れて立ち上がる。
「んじゃあ、佐一から聞いているでしょうけど俺帰るんで」
「うむ。右手がまだ痺れているだろうし、気をつけて帰り給えよ」
「誰のせいですか」
「強いて言うならタイミングが悪い、かな?」
「本当にろくでもないなこの人」
「こんな幼気な女の子になんてことを言うんだい!」
「マッドサイエンティストが何言ってんですか?」
「君もまぁ遠慮がなくなってきたねぇ……入部した時はあんなに可愛かったのに」
「そんな事1ミリも思ってないでしょあんた。そもそもそんな時期は1度たりとてなかった」
つれないねぇ、と少女はパーカーのポケットから棒付きキャンディを2つ取り出し、一つを春風に投げる。
「餞別だよ。受け取り給え」
「……ありがとうございます」
「なぁに。気にすることはないよ。困った事があったらこの魔法研究部部長の
部長の傍若無人さが一番の悩みなんですけどね、という言葉はあえて口にしない春風であった。
ーーー
学校を出た春風は何となく真っ直ぐ家に帰らず、街中をぶらりとふらつく事にした。ゲームセンターに行き適当なクレーンゲームと格闘する事1時間。見事何とも言えない絶妙なフォルムと表情をした熊のような何かのぬいぐるみをゲットし満足して帰路につく。時刻は18時に差し掛かろうとしているが、街ゆく人の数は減るどころか夕方学校を出たときと比べて増えている。
(冷蔵庫の中何が残っていたっけな……)
夕食の算段をしながら歩道橋の階段を昇りきった先で、一人の少女が春風の目に止まった。長い黒髪に日焼けを知らなそうな白い肌。むむむ、と聞こえてきそうな悩み顔でスマホとにらめっこをしながら鞄を片手に持っている。学園の制服を着ており赤色のリボンを付けている事から、春風と同じく一年生の同級生であるようだった。
(……見覚えがないな)
記憶力にはそこそこの自身があり、入学してから二ヶ月ほど立って合同授業などで他のクラスの同級生とも顔を合わせる事があり大体の同級生の顔は覚えている春風だが目の前の少女を見た覚えは無かった。
(転校生、とかか?にしても中途半端な時期ではあるな……)
そんな事を考えていると、件の少女が春風の視線に気付き二人の目が合う。
「あの、すみません。国立魔法学園の一年生の方、ですよね」
「え、あ、あぁ、そうだけど……」
「私、ついこの前ここに引っ越して来たばかりで道が分からなくて。この場所に行きたいんですけど……」
「あぁ、ここなら……」
春風に近付き手持ちのスマホを見せてくる少女に若干狼狽えながらも少女が向かおうとしている住所を教える春風。
「……というか、ここ俺の家の近所だな」
「そうなんですか?」
「あぁ」
「……ちなみに、もし都合が良ければなんですけど、近くまでの案内をお願いしたいのですが……」
「……まぁ、この後は家に帰るだけのつもりだったから別にいいよ」
「本当ですか!?ありがとうございます!ええと……」
「ん、あぁ。俺は春風春。多分だけど、同じ国立魔法学園の一年生」
「春風さん、ですね。私は
同じクラスになったらよろしくお願いしますね、という冬原の笑顔に思わず胸が高鳴り。
「お、おう」
思わずぶっきらぼうな返事を返してしまう春風。そんな春風に気にした様子もなく、早速行きましょうと歩き始める冬原。どこか機嫌良さそうに歩き始める冬原の後ろ姿を見てそれに続こうと歩き出した瞬間、ふと目眩が春風を襲う。
(おっ、と)
咄嗟に手すりに寄りかかり、頭を抑える春風の異変を察知したのか、冬原が振り返り駆け寄ってくる。
「どうかしましたか?」
「あぁ、いやなんでもなっ……」
顔をあげて一瞬言葉を失う。夕陽を反射して光る銀髪に、血のように真っ赤な紅の目。間違いなく昨晩春風が見たあれの姿がそこにはあった。
(んな馬鹿な……!)
思わず目を擦り再び顔をあげる。
「?」
黒髪黒目。不思議そうに春風を見る冬原がそこにはいた。
(気のせい、か?)
「あの……」
「あぁいや。ここ最近寝不足で、少しふらついた」
「睡眠は大切にしないと駄目ですよ?」
「初対面の人に言われちゃ世話ねぇな……」
「全くですね、ふふっ」
「……悪い、もう大丈夫だから行こう」
「無理はなさらないでくださいね?」
手すりから手を放し歩き出す春風。その後冬原を住所の場所まで送り届け自身も帰路についたものの、脳裏からは先程の冬原に重なって見えた姿がずっと離れる事がなかった。
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