吸血鬼、学園に入学する。
如月二十一
吸血鬼と魔法学園。
1
月明かりが照らす住宅街を彼、
ふと、視線を感じて顔を上げた。静寂に包まれ、明かりの付いている家が一軒もない事から誰もが寝静まっている事がわかる。じゃあ、この感じている視線は一体誰のものなのだろうか?辺りを見渡して、ふと上を向く。
電柱の上に、満月を背にしてそれは立っていた。月明かりを背に受けながら白と黒のドレスに見を包んだそれが、紅い瞳で彼を見ていた。
本能が逃げろと言っている。しかし、長瀬は動けなかった。
普段であれば目を逸らしその得体のしれない何かから逃げただろうが、長瀬はそこから動けず釘付けになる。その血のように紅い、宝石のように輝く瞳に魅入られていた。
僅かな静寂。次の瞬間、その背中から羽のような何かが現れ、長瀬に背を向けると長瀬を一瞥する。月光に照らされた顔が、ほのかに微笑んだように見えた。
「あ……」
何かを言おうと口を開き、言葉に詰まっているうちにそれは自らを包むように羽を動かし、次の瞬間には黒い霞となって消えてしまった。
あとに残された長瀬は、しばらくそこから動けずに固まっていた。
ーーー
「……で?」
「……いや、『で』、と言われても」
「続きはねぇのかよ」
「その後普通に家帰って寝ただけだが」
「……お前疲れてたんだよ。ここ連日魔法陣の式を書き換えて、それを唱えて、んで不具合や異常、無駄を見つけたらそこをまた改善してまた唱えてってのをずっとやってんだろ?」
「まぁ、確かに昨日はちょっと作業中に手元がくるったりふらついていたけどさ……」
「だろ?夢だよ夢。ったく、先輩ももうちょっとお前の事気遣ってやってくれねぇかなぁ」
春風と同じく国立魔法学園の制服を着た茶髪の青年、
「第一な、あの幼女体型の魔法キチガイは加減ってのを知らないんだよ。いくらお前が平均よりも魔力が多いからって日に30回40回も魔法を発動していたら魔力不足になるっての」
「そこは同意の上だ。何より今の改良式の効果が実証されれば部員不足で同好会に格下げされようとしている魔研部にも人が来るかもしれないし、実績を出せば格下げによる部費の削減と部室の撤収もしばらくは様子見とかになるかもしれないしな」
「まぁ、俺もあのたまり場としてもちょうどいい空き教室がまだ使えるんだったら嬉しいけどさ。にしたっていくら何でも限度があるだろ?」
「そんなに言うならお前も研究の手伝いしてくれ。ここ連日お前がいないから俺の負担が増えている訳だし、何より部長の機嫌が悪い」
「それに関してはあれこれ頼みごと引き受けて走り回っている俺も悪いし、本当に申し訳ないけどさ。なんで俺が部活来ない事であいつの機嫌が悪くなんだよ?」
「……マジかこいつ」
「ん?」
「……いや、仮にも魔法研究部所属の人間が部活に顔を出さずに他の部の助っ人やってたりしたらそりゃ機嫌悪くなるのも当たり前だろ」
「いやでもそんな事気にするような性格してないだろあいつは」
「お前がそう思っているだけで、案外気にしてるんだろ」
「そうかなぁ……?」
「まぁそれに関しては何でもいいんでとりあえず部活来てくれ」
「……それもそうだな!」
「やれやれ……」
そんな他愛の無い会話をしていると、チャイムの音がなり、それと同時に教室のドアを開け白衣を羽織った長髪の男が入ってくる。
「ほら、席戻れ」
「おう。ハルも無理はすんなよ?後、今日の放課後は部室来ないで帰っていいぞ。バカ部長には俺から言っておくし、お前の仕事も今日は俺が代役するからさ」
「は?」
「お前らー、いつまでもくっちゃべってないでさっさと席に戻れー。ホームルーム始めんぞー」
「んじゃあそういう事で。また後でな!」
「ちょっ、まっ」
静止を振り切り自身の席へと戻っていく佐一を見送り、ため息一つと共に肩を落とす春風。明るく気遣い上手でお人好し。良い奴なのは間違いないのだが、お節介な所が玉に瑕だな、と考えながら春風は窓の外を眺める。
(佐一にはああ言われたが、本当に夢だったのか……?)
目を閉じると、鮮明に思い出せる。満月の光を反射して輝く長い銀髪に、暗闇の中で光々と輝く紅い瞳。鮮明に思い出せるその光景は、到底夢と思えない。しかし、それ以降の記憶が曖昧であることが現実のものとも思えない理由となっていた。
(……眠くなってきた)
欠伸を一つして、肘を付きながら窓枠にもたれかかりうつらうつらと宙を漕ぎ始める春風。佐一の言った通り、魔力不足での疲れがまだ残っているのだろうか。段々と睡魔に負け始め、意識も朧となってきた春風の耳には、
「それと、転入生が入ってくる事になってな。まだどのクラスになるかは分からないが、まぁ部活とか授業とか試験で関わることあるだろうし仲良くしろよー」
そんな担任の連絡事項も入ってこず、春風の意識は夢の世界へと旅立っていった。
「せんせー!転入生は女子ですか!男子ですか!」
「あー、確か女の子だったと思うぞー。あんましよく覚えてないけどな。俺も今日さっきの朝礼で知ったばっかだし、何なら朝礼中寝てたしな」
「とんでもねぇよこの教師。教師としてどころか社会人として失格だよ」
「おいこらメガネ、何言ってんのか聞こえてるからなメガネ。お前の内申点が俺の指先一つでダウンすることを忘れるなよメガネ」
「生徒の成績を人質に取ってきたよこの人!しかも人の名前覚えてないし!」
「何言ってるの?先生はちゃんとあなたの名前覚えてるじゃないメガネ君」
「あれぇ!?仮にもこのクラスの副委員長なのにこの委員長も俺の名前覚えてないんだけど!?」
「落ち着け、俺はちゃんとお前の名前を覚えているからな!」
「佐一君……!」
「なぁ!メガネ!」
「お前もかよぉぉぉぉぉ!」
「うるせぇぞメガネ!成績下げるぞ!」
「元と言えばあんたのせいだろうがぁ!!!」
「メガネが椅子投げ始めたぞ!止めろぉ!」
「だからメガネじゃねぇっつってんだろぉ!!!!!!」
(……うるせぇ)
ものの数分で帰ってくる事となるのだが。
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