第31話 女流名人戦 第二局

 理沙がピンクと水色のスカートを持ちながら、どっちにしようか悩んでいる。


「ピンクがいいかな?あっ、このミントグリーンも捨てがたい。」


 そう言って、ピンクのスカートを理央の体に当てた。日曜日、約束通り二人で買い物にきていた。

 一昨日、女流名人戦第一局を終え再来週には二局目が控えているのに、仲良く買い物してていいんだろうかと思うが、理沙の方は全然気に留めていない様子だった。


「決めた。理央はピンクで、私がミントグリーンにするね。再来週が楽しみだね」


 今度の二局目の時に二人で色違いのスカートを着ようと、まるで公園に遊びに行くような調子で理沙が言い出した。彼女からはタイトル戦の重みというのが、全く感じられない。

 自分が勝つと分かりきっている女王の余裕か?それとも単に天然なだけか?


 この前の旅館と同様、言い出しっぺだからと2着まとめて会計しようとする理沙にストップをかけ、自分の分は自分で払うことにした。

 あまり借りをつくると、勝負に影響がでてきてしまう。


 買い物を終えると、ひとまず休憩と近くのカフェに入った。カフェオレの優しい甘さが、買いもので歩き回って疲れた体を癒してくれる。


「学校って楽しそう。私、高校行かなかったから、憧れるな。中学の時も修学旅行とタイトル戦が被って行けなかったし、学校生活もう少し楽しみたかったな」


 理沙がアイスコーヒーのストローを回しながら言った。若いうちに才能が開花した彼女なりの悩みもあるようだ。


「高校1年の時にプロになったから、学校辞めようと思ったけど、親が高校ぐらい出ておきなさいって言われて行ってるけど、囲碁と学校の両立ってちょっと大変」

「あっ、そうだ好きな男子っているの?」

「いたけど、最近はちょっと疎遠気味。このまま自然消滅かなって感じ」


 来週タイトル戦を戦う相手に恋バナなんてと思ったが、悩んでいたこともあり思わず芝田君のことを話してしまった。


 ◇ ◇ ◇


「おかえり、思ったより遅かったね」

「ごめん、気が付いたら時間経ってた」


 理沙と恋バナで盛り上がってしまい、気づけば夕方になっていた。カラオケにも行こうよと誘う理沙の誘いを断り、夕ご飯の時間までには帰ってきた。


「ふ~ん。そうなんだ、タイトル戦で色違いね。仲良すぎね。あっ、ひょっとして私のいないところでもしや?」


今日の買い物の事を話すと、香澄がいらぬ詮索を始めた。


「仲良いのは確かだけど、香澄の思っているのと違うから」


 香澄は信じきっていない様子だが、一応は納得したようで、それ以上の詮索はなかった。

 確かにまだ会って間もない割に、理沙とは相性が良いのか仲が良い。

 でも、勝負事のおいては実力を鼻にかけているぐらいの方が、嫌いになれて絶対に勝ってやるという気持ちが芽生えてきて丁度よい。

 フレンドリーに接してこられるとその気持ちがわいてこない。


「それで香澄、お願いがあるんだけど。特訓に付き合って!」


 両手をあわせて拝むように香澄に頼んだ。


「特訓って、何か策はあるの?」

「策ってほどじゃないけど、1局目の反省を生かして2局目につなげたい」


 香澄は快諾してくれてこの日から特訓が始まり、女流名人戦第二局に挑むことにした。


 ◇ ◇ ◇


 女流名人戦第二局目は、日本棋院で行われた。昔はタイトル戦と言えば地方の旅館が定番だったが、最近は囲碁人口の減少とともにスポンサーからの収入も減り、タイトル戦でも棋院で行われることが多くなっている。


 二局目は前回と先手番を入れ替えることになり、理央の先番で開始となった。碁笥から黒石を取り出し、力強く天元に置くと周りからは驚きの声が上がった。理沙も意表を突かれたようで、キョトンとしている。


 少なくても意表を突くというところまでは、作戦は成功しているようだ。地に甘いが、天元に石があることで戦いには有利になる「初手天元」。打たれる回数は少なく、珍しい手ではある。


 冷静さを取り戻した理沙が左上の隅に打ち、黒も右上隅の星に打って、白が左下小目に打った後、黒はアキ隅を打たずに小目にカカった。

 理沙にいつも通り手厚く構えられると戦いの時に不利になってしまう。理沙の体制が整う前に、天元に石があることで黒が有利なうちに急戦で戦いに引きずり込む作戦だった。

 この作戦の碁を香澄と何局も実践を重ねてきたので、実力は理沙の方が上でも、この布石ならこちらの方に分はあると踏んでいる。


 序盤から難しい戦いが始まり、通常すぐに打たれる右下のアキ隅に手が回らないまま20手目を超えたところで、11時45分を回り昼休憩となった。

 普段の対局ではなくなった昼休憩が、タイトル戦ではあって助かる。

 普段は考慮時間を使ってパンやおにぎりなどの軽食を食べるだけなので、一旦緊張を解いてゆっくりご飯を食べられるのは有難い。


 最近「勝負メシ」が話題になっているということで、何を食べるのか取材を終えた後、カツカレーを頂くことにした。

 あまり食欲はないが、カレーのスパイスのおかげで無理なく食べられそうだ。カツも柔らかく、カレーソースとも相性がよく美味しい。これで、午後も頑張れそうだ。


 午後に入ってからも難しい戦いは続いた。序盤から考慮時間を惜しみなく使っていた理沙の持ち時間が、先になくなった。これからは一手一分以内に打たないといけない。

 

 理沙の手に対して、理央はまだ持ち時間を30分ほど残しているが、それをあまり使わず早めに応手していく。

 なるべく理沙に考える時間を与えない作戦だが、こちらも短時間で応手するためにミスが出やすくなるので、こちら側にもリスクはある。リスクはあるが、そのリスクをとらないと理沙には勝てない。


 ◇ ◇ ◇


「ありません」


 白の大石に生きがなくなり、97手と短手数で2局目が終わった。疲れ果ててしばらく二人とも黙ったまま盤面を見続けた。

 取材記者から感想も聞かれたが、「難しい碁で最後まで分からなかった」と平凡な言葉しか思い浮かばなかった。


 検討を終え対局室から出ると、香澄が待っていてくれた。


「特訓の成果は出たみたいね」

「まあ、なんとか」

「お疲れ様」


 香澄が人目をはばからず、ギュッと抱きしめてくれた。ようやく勝ったことを実感できて、嬉しさがこみあげてきた。

 抱きしめられながら、男女だと公衆の面前でハグはできないが、女の子同士だとハグしてもそんなに変な目で見られなくて良いなと思った。

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