第28話 関西棋院
学校から帰ると、紙袋をリビングのテーブルの上に置いた。
「理央、何これ?全部お菓子のようだけど」
「今日ホワイトデーだったから、お返しでいっぱい貰った」
先月のバレンタインデーにクラスの男子に駄菓子のチョコを配ったら、半数以上から律儀にお返しが返ってきた。
コスパとしては、中々なものだ。たくさんお菓子がもらえて嬉しい半面、100%と義理だと思ってもわずかな可能性に賭けたい、これを機に仲良くなりたい、男子の悲しい性が見えて、元男としてはちょっと悲しくなってしまう。
「理央もやるね。お茶入れるから、早速食べようか」
「うん、手洗ってくるね」
手を洗ってリビングに戻ると、紅茶のいい香りが漂っていた。
「明日、学校が終わったらそのまま大阪に行くね」
紅茶を一口飲んでから、香澄に話した。関西棋院所属の棋士との手合いが、大阪にある関西棋院で行われることになっていた。
トーナメントを勝ち進まないと関西在住の棋士とは対戦しないので、理人の時には大阪に行くことはなかったので、初めての大阪対局をちょっと楽しみにもしている。
「心配だから一緒についてあげたいけど、私も手合いなんだよね。じゃ、お菓子開けるね」
香澄は紙袋の中から一つお菓子を取り出し、包装紙を開け始めた。
「それは、ダメ。芝田君からもらったのだから」
「だったら、なおさら食べる」
「ダメだって、私がもらったんだから」
香澄から奪い返すように手にした、芝田君からのクッキーを口に入れた。甘さが口の中に広がり、幸せな気分になった。
◇ ◇ ◇
「ほな、さよなら」
「ほな、またな」
おお、これが大阪弁か。初めて生で聞くと、ちょっと感動してしまう。
学校が終わり新幹線で大阪にきてホテルにチェックインすると、すっかり日も暮れていた。
お腹がすいていたので、荷物をおくとすぐに夕食をとるためにホテルを出た。
オフィス街で東京と変わらない街並みだが、待ちゆく人が大阪弁で会話しており、改めて大阪に来ているんだなと実感する。
せっかく大阪に来たんだから、お好み焼きや串カツもいいなと思うけど、関東とは違う大阪のうどんも一度食べてみたかったこともあり、うどんにすることにした。
目に入ったうどん屋に入り、メニューをみてみると、「きつねうどん」はあるのに「たぬきうどん」はなく「たぬきそば」があるだけだ。
よく分からず迷った挙句、きつねうどんに卵をトッピングすることにした。注文して数分後、届いたうどんをまずはスープから一口いただく。
見た目は薄味っぽいのに、しっかり出汁がきいていておいしい。東京のうどんよりこっちが好きかも。
お揚げもしっかり味が染みていて、美味しい。何気なく入ったお店で、このクオリティ。値段もリーズナブル。東京なら行列ができていてもおかしくない。
一杯のうどんで大阪の街を好きになり、久しぶりに一人で使うベッドは広く感じながら、その日は眠りについた。
◇ ◇ ◇
翌日、関西棋院での対局は、対戦相手の飛崎2段の先番で始まった。
対局が決まってから彼女の棋譜を並べて研究はしてきた。地に辛い棋風のようで、今日も棋風通り黒は序盤から地を稼いでいった。
その分白は外回りに石がきているので、それを活かして眼がない中央の黒石を攻めることにした。
逃げる黒石を追いながら、白地をつけていく。予定通りの進行に気が緩んだのか、ケイマした手が緩着だった。
強引に出ぎられて、一気に局面が不利になってしまった。気持ちを落ち着かせるためお茶を一口飲み、応手を考える。
勝つための手は必ずあるはず。韓国のソアちゃんの言葉を思い出し、勝つための手を必死に探す。
長考の末、隅の黒石にツケてみた。ケイマで分断した白石の逃げ出しと、隅の生きが見合いとなり黒も対応に困るはずだ。
実際打たれた後、飛崎2段の表情が変わった。
白のツケに対して、黒は隅で小さく活かす方を選択した。もともと黒地だったところに、白が地を持って生きた。かなりの儲けだ。
このあとは油断することなく、地合いのリードを保ち黒を投了に追い込んだ。
「強くて若い子が次々に出てくるから、嫌になるわ。子供産んで、復帰したら若くて強い子がぎょうさんおって、おばさんは出る幕ないわ」
局後の検討で飛崎2段が、笑いながら愚痴を言った。
「女流名人戦、挑戦者だってな。頑張ってな。ところで、大阪は初めて?」
「初めてです」
「たこ焼き食べた?お好み焼きは?」
「どっちもまだです」
「じゃ、食べて帰り。美味しいお店教えてあげるから。あっ、あとお土産に肉まん。新大阪でも帰るから、新幹線乗る前に買って帰り」
そう言って、彼女はスマホを操作してお店をいくつか教えてくれた。初対面で、しかも負けた対戦相手にも親切にしてくれる。
◇ ◇ ◇
「大阪どうだった?」
「本場のタコ焼きは美味しいね。あとこれ、お土産の肉まん」
10時過ぎに家に戻ってくることができた。新幹線の中でもう一泊して、朝戻ってくれば良かったかなとちょっと後悔した。
「明日学校だし、疲れたから早く寝るね」
「私も手合いで疲れたから、早く寝よ。理央、聞いてよ。今日の対局・・・」
疲れて早く寝たいのに、香澄が今日の対局がいかに大変だったかを話続けている。香澄も一晩理央がいなくて、寂しかったみたいだ。
その日は香澄の体温を感じながら眠りについた。昨晩、久しぶりに一人で寝ると妙に布団が冷たく感じ、あまり眠れなかったのは香澄には内緒だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます