第27話 対決

 いよいよ明後日の木曜日に、女流名人戦決勝すなわち香澄との対局が近づいてきた。

 同じ女流棋士なのでいつかは対戦することは分かっていたが、初めての対局がよりによってタイトル戦初挑戦をかけた戦いになるとは思わなかった。

 決勝の重圧、香澄との対戦、いろんなことを考えていると気分も晴れない。


「理央、どうしたの?最近、元気ないね。ゴリラのモノマネもいまいちキレがないし」


 朝学校についた時、芝田君にねだられるままにゴリラのモノマネをしたが、香澄との対局が近づいており気分も乗らず、中途半端な感じになって受けもいまいちだった。

 いつもの理央ではないことに気づいた、芝田君が心配して声をかけてくれた。そういえば芝田君、お兄ちゃんが空手やってたから自分も始めたって言ってたよね。それだったらと聞いてみることにした。


「試合でお兄ちゃんと当たったと事ある?」

「あるよ、しかも大会の決勝で。」


 やっぱり、そうだった。しかも決勝。同じ境遇だ。


「やりにくくなかった?」

「そりゃ、やりにくいよ。ずっと一緒に稽古してたから、癖とか苦手なところも全部わかるしね」

「で、結果は?」

「僕の方が勝ったよ。癖を逆手にとってフェイントに使われる可能性もあったから、事前の情報はすべて忘れて、いつものように戦った。兄はそれができず変に意識したみたいで、どこかぎこちなかった」

「ありがとう」


 お礼を言って芝田君の手を握ると、芝田君の顔が真っ赤になった。こんな風に、女の子慣れしていないところが、可愛くて好きだ。


 ◇ ◇ ◇


 香澄との手合い日当日、棋院につくと香澄はすでに対局場についていた。


「おはよ。朝ごはん食べた?」

「駅前のカフェで、モーニングしたよ。たまには、朝食を外でとるのもいいね」


朝起きると、すでに香澄は「先に行ってるね」と書き置きを残して家を出ていた。

 たしかに今から対局する相手と、朝ごはんを食べるのは気まずい。香澄の心遣いに感謝しながら、理央は朝ごはんを食べた。


 開始時間となり、ニギって香澄の先番で対局は始まった。数手進んだ局面で、白のカカリに対して黒は地をとる定石を選択したとき、いつもの香澄と違うことに気づいた。

 戦いの好きな香澄は、いつもだったら厚みを作る定石を選択すると思っていた。香澄は理央に自分の碁は知られ過ぎていると思って、いつもと違う定石を選択したようだ。


 その後も香澄は地を稼ぎ、理央は厚みを作って模様をはる展開となった。形勢としては五分五分だが、思っていたのと違う進行にやりづらさを感じているのと、香澄の注文に乗ってしまったことを考えるとすこし不利なのかもしれない。


 香澄が白の模様に打ち込んできて、勝負所を迎えた。いつもは相手の石を攻める香澄が、シノギ勝負に出てきている。逆の立場で、香澄は同じような局面を何度も経験しているはずだ。警戒しないと。ペットボトルのお茶を一口飲み、気持ちを落ち着かせる。


 気分が落ち着くと、「事前の情報は忘れる」芝田君の言葉が思い出された。手を読むとき、どうしても香澄だったらこう打つはずと考えてしまう。今日の香澄はこちらの思惑を外す作戦のようなのだ。


 白の打ち込みに対して、すぐには攻めず出口を塞いでじっくり攻めることにした。ツケてサバこうとしてくる黒に対して、調子を与えないように白はノビで応じる。こちらも香澄の思惑を外していく。

 思うようにいかない進行に、徐々に香澄の考慮時間が長くなってきて、表情も苦しそうになってきている。


 苦しんでいる香澄を見ると、こちらも苦しい。力を貯めた白はコスミから、打ち込んだ黒を取りにかかった。

 黒も生きようと必死にもがくが、もがく分だけ白が固まり模様が確定地になっていく。

 結局、黒は2眼の生きは確保したが、白は模様がまとまり地合いのリードが確定した。


 その後も黒は白の模様を破ろうと手を尽くしてるが、白は丁寧に応じる。苦しんでいた香澄の表情が、いつの間にか澄んだ表情に変わっていく。

 その代わり、こちらの方が苦悶の表情になっているのが自分でもわかる。悩むとつい頭を触ってしまうので、髪も乱れているだろう。


 勝つ方が疲れる。囲碁や将棋においてよくあることだが、相手はこれでダメなら投了と勝負手を打ってくるが、優勢な側はその勝負手を成立させないために必死で読む。

 終盤は勝っている方が水を漏らさないように、丁寧に読み続けるので勝つ方が苦しい表情となってしまう。


 黒のアテに対して、白がツイだところで、香澄が投了した。その瞬間、カメラマンや観戦記者が対局室に入ってきて、静かだった対局室が騒がしくなった。

 写真を撮られたり、観戦記者から感想を聞かれたりと慌ただしく、勝った喜びに浸る暇もない。


「慣れないことはするもんじゃないね」


 検討後、碁石を片付けながら香澄がつぶやいた。理央を意識して慣れない進行を選び、自分で自分の首を絞めたようだ。


「そうだね。香澄は攻めの方があってるね」


 そう言って理央も碁笥を蓋を閉じた。そのあと、タイトル戦への意気込みなどインタビューを受け、ロビーでまっていた香澄と合流して二人手をつないで、棋院を出た。

 

 ◇ ◇ ◇


「ようやく終わったね」

「でも、これからも当たることがあるけど、どうする?」

「それは、その時考える」


 ベッドに入ると香澄が話しながらも遠慮なく、体を撫ではじめた。いつも感じにほっとする。


「香澄ちょっと、激しくない?」


 対局が終わった解放感からか、香澄がいつも以上に迫ってくる。


「攻めの方が似合ってるって言ったの理央でしょ」

「まあ、そうだけど」


 理央が勝ったことで、香澄が激しく落ち込んだり、疎遠になったりするのを心配していたが大丈夫なようだ。

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