第24話 心の弱さ

 韓国に来て10日間がすぎた。韓国では旧正月の方をメインに祝うみたいで、1月1日だけ休みで、あとは囲碁漬けの日々を送っていた。

 朝起きて朝ごはんを済ませると、趙先生からもらった詰碁のプリントを取り出し解き始めた。あの研究会にきている棋士は、毎朝2時間詰碁をやってから研究会にきているみたいなので、同じように朝詰碁を解くようにしていた。


 隣にいる香澄も、ウンウン唸りながら問題を解いている。日本でも詰碁は解いていたが、毎日2時間はやっていなかったので、こんなに毎日たくさんの詰碁を解いているのは初めてだ。


「いよいよ、今日で最後だね」


 そろそろ研究会に行くために、片付けを始めた時香澄が話しかけてきた。


「10日間あっという間だったね」

「理央、今日の夜はソアちゃんと一緒に焼肉行くからね」


 ソアちゃんには香澄に注意するように言おうと思ったが、一手遅くすでに香澄が連絡先を交換した後だった。

 その後も香澄が日本語を教える代わりに、ソアちゃんが囲碁を教えている光景をよく目にした。

 

 ◇ ◇ ◇


「ソアちゃん、アニョハセヨ」

「理央、おはよ」


 ソアちゃんは今日も研究会に来ていたので、早速対局をお願いした。ソアちゃんは快く対局に応じてくれ、ニギって理央の黒番で対局が始まった。


 布石は黒の2連星に対して、白は星と小目。黒が小目にケイマにかかった時に、白は秀策のコスミで応じた。


 江戸時代まだコミがなかったころに、大棋士本因坊秀策が愛用したことでも知られていたが、コミが導入されて以来ぬるい手と言われ、いったんは廃れたがAIが打ち始めたことで、近年また再評価されてきた。

 「碁盤の広さが変わらぬ限り、このコスミが悪手とされることはあるまい」と言った修策の偉大さを感じる。


 序盤の立ち上がりは、まずまずな感じだった。中盤、競り合いの中で相手の石を取って生きることができ、黒がポイントをあげることができた。

 韓国に来た当初はなす術もなく負けていたが、少しは抵抗できるようになり確実に力がついてきているみたいだ。


 これなら勝てると思った時、ソアちゃんが勝負手を放ってきた。その勝負手をきっかけに局面は混とんとしてきた。

 ソアちゃんもそうだが韓国の棋士は、勝つ力がつよい。もちろん、詰碁に裏付けされた読みの強さはあるが、形勢が不利な時は局面を複雑にして相手のミスを誘い、形勢が有利な時は局面を単純化して逃げ切る。


 結局、ソアちゃんとの対局は1目半負けとなってしまった。これでソアちゃんとは、4勝5敗で負け越しとなってしまった。

 

「この手で、逆転されたね。こんな手、良く気付くね」


 局後の検討で勝負手の局面を振り返りながら、ソアちゃんに聞いた。打たれてみればその手の先は読めるが、その手を見つける発想力が自分には足りない。


「逆転する手はあるはずと信じて、必死で考えて見つけた。毎日頑張ってるんだから、勝のは自分と思ってる。だから、絶対勝つための方法はある。ごめん、日本語だと上手く伝えられない」


 ソアちゃんが言わんとしていることは分かった。そして、それは今の自分に足りないものであることに気づいた。


 自分の読みが信じられずに踏み込んだ手を打てずに負けていた理人、局面が有利になると油断して負けていた理央、どちらも勝利に対する執念が足りていなかった。


「理央、ところで『タチ』と『ネコ』って何?」


 検討が終わり碁石を碁笥に戻しながら、ソアちゃんが聞いてきた。


「どこで、そんな日本語覚えたの?」

「昨日、『香澄がソアはどっちがいい?』って聞いてきた。ネコは動物の猫の事か?」


 国際問題に発展しかねないことを教えるんじゃないと、対局を続けている香澄の方を睨んだ。


 ◇ ◇ ◇


 理央とソアちゃんはウーロン茶、香澄はビールのグラスで乾杯した。韓国修行も今日で終わり、明日の昼の便で日本に帰ることになっている。韓国最後の夜は、焼肉でしめることにした。


「本場の焼肉は美味しいね」


 焼いた肉をサンチュに巻いて口に入れると、肉の油が野菜で打ち消されいくらでも食べられる気がしてくる。

 ソアちゃんも一緒なので、メニューが韓国語だけでも安心して食べることができる。


「イさんも、日本に遊びにきたらお寿司の美味しいお店連れて行ってあげるからね」

「ありがとうございます」


 焼肉をつまみながらビールを飲んでいる香澄が、ソアちゃんを日本に誘っている。たしかに、日本に来てくれたら嬉しいが、香澄が誘っているのは心配だ。


「日本に来るなら、うちに泊まっていいからホテルとらなくていいからね」

「それは助かります」

「ダメだよ!」


 思わず大声でツッコんでしまい、ソアちゃんがポカンとしている。香澄と一緒に泊まるなんて、兎がライオンの檻に入るようなものだ。それだけは阻止しないと。


 ◇ ◇ ◇


 焼肉屋をでてホテルに戻る途中、香澄が腕を組んできた。


「理央も嫉妬するんだ」

「ちがうよ、ソアちゃんのことを心配しただけだよ」


 そう言いながらも、香澄が他の女子と仲良くしようとしているのをみて、少し焦ってしまったのは事実だ。

 芝田君のことも好きだけど、香澄のことも好き。どっちかなんて選べない。


 

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