第23話 韓国修行

 韓国に修行に行きたいと、韓国出身のキム9段にお願いすると快く韓国棋院への連絡やホテルなど手配をしてくれた。

 囲碁イベントで一緒になった時、連絡先をしつこく聞かれて交換しておいたのが役に立った。

 金9段からは一緒について行ってあげる言われたが、それは丁重にお断りした。


 それからはパスポート申請のために、書類を取り揃えていると、あっという間に冬休みが近づいてきた。

 韓国に出発するために、もう一つやらないといけないことがあった。気が進まなく、後回しにしていたがそろそろタイムリミットが近づいてきている。


 朝学校に行き芝田君を見つけると、タイミングを見計らって人気のないところに呼び出した。


「芝田君、ごめん。クリスマス自分で誘っておきながら、会えなくなっちゃった」


 芝田君に頭を下げ、囲碁の勉強のために韓国に行くことになり、その出発日が12月24日であることを告げた。


「そうか、仕方ないよな。理央はプロだから、勉強するのが仕事だもんな」


 分かりやすく落ち込んだ芝田君をみて、とても悪いことをした気になってしまう。


「だったら、24日の朝、出発する前に5分でいいから会えない?」


 5分会うだけで、罪滅ぼしになるのならと応じることにした。


 ◇ ◇ ◇


 24日の朝、荷物ケースを転がしながら駅に向かうと芝田君が待っていてくれた。


「これ、クリスマスプレゼントだから。韓国寒そうだから、よかったら使って」


 包装紙を開けてみると、毛糸の手袋が入っていた。正直今使っているのよりも安っぽいし、デザインも野暮たかったがが、芝田君が選んでくれたと思うと好きになれそうな気がした。


「ありがとう。使わせてもらうね。韓国でお土産買ってくるね」

「じゃ、勉強頑張れよ」


 芝田君は約束どおり5分で去って行った。去って行く芝田君の後ろ姿をぼーっとみていると、香澄から肩をたたかれた。


「名残惜しいのはわかるけど、時間もあるしそろそろ行こうか?」

「そうだね」

「青春だね。すっかり理央も女子高生になっちゃって、かわいい」


 香澄から冷やかされながらも、もらった手袋を早速つけてみることにした。初めての海外で不安だけど、頑張れそうな気がしてきた。


 ◇ ◇ ◇


「雪はないけど、やっぱりソウルは寒いね」


 香澄の言われた通りに、ダウンコートを着ておいて良かった。凍える寒さの中、ソウル駅の前で待っていると一人の男性が近づいてきた。


「中村先生と藤沢先生ですか?私、趙といいます。金先生から言われ、迎えにきました。さあ、寒いから早く車に乗りましょ」


 カタコトの日本語で話しかけたのは、今回お世話になる韓国のプロ棋士趙先生だった。日本語を話せる現地でのサポート役にと、金先生が親交のある趙先生にお願いしてくれていた。


 趙先生の運転する車で、趙先生が世話役をしている研究会が行われている場所へと向かった。車で向かっている途中に、趙先生は昔金先生に教えてもらったことがあり、恩義を感じているという話をしてくれた。


「ここです。さあ、中にどうぞ」


 ビルの一室のドアを開けて中に入ってみると、机に多数の碁盤が置かれ、みんな真剣な顔で対局をしている。見た感じ、みんな10代ぐらいで若い人たちばかりだ。

 趙先生が韓国語で理央たちのことを紹介してくれ、早速小学生ぐらいのあどけなさの残る男の子との対局をセッティングしてくれた。

 

 韓国の棋士といっても小学生ぐらいならと侮っていたが、対局が始まってすぐに彼の強さに気づいた。

 対応に困る厳しい手を連発され、しかも着手が速い。何もできないまま、押し切られ負けてしまった。


 投了を告げると、彼は右上隅のところを指差した。言葉は分からないが、ここのワカレが良くなかったみたいだ。

 石を崩して、彼が変化図を作ってくれた。ツケて抑えたほうが良かったみたいだ。その後もいろんな変化図を作ってくれて、勉強になった。

 勢いで韓国留学を決めてしまったが、言葉が通じないのに勉強になるか不安だったが、どうにかなりそうだ。


「どうでした?」

 

 対局を終えたのを見計らって趙先生が声をかけてきてくれた。


「強かったです。局後に優しく教えてもらったので、勉強になりました」

「ここの子たちにも、良くするように言っていたのでたくさん勉強するとよろしい。じゃ、次はこの子と打ってみましょ」


 次に趙先生は、理央と同じぐらいの女の子を連れてきた。


「イ・ソアといいます。よろしくお願いします」

「日本語話せるの?」

「少しだけ。」


 彼女はそういうと、親指と人差し指で小さな隙間を作った。その仕草が妙にかわいらしく見えた。

 可愛いといえ、韓国のプロ棋士。気を引き締めて対局望むことにした。


 ◇ ◇ ◇


「本場のビビンバは美味しいね」


 香澄が美味しそうにビビンバを口に入れ、熱くなった口の中を韓国焼酎で冷やしていた。

 研究会が終わった後、趙先生に教えてもらった食堂で夕ご飯を食べるいる。メニューが韓国語だけだったので不安だったが、スマホで調べながらなんとか注文することができた。


「香澄はどうだった?」

「全敗だったよ。みんな強いね。理央は?」

「1勝3敗。その1勝も相手のミスだから、実力で勝ったとは言えない」


 世界の囲碁界をリードする韓国だけあって、若手プロと言えども日本より格段に強い。


「理央と対戦してた女の子、何歳?」


 香澄がチヂミをほおばりながら聞いてきた。


「ソアちゃん?17歳で同い年。日本のアニメが好きで、いつか日本にいきたいって言ってたから、連絡先交換しちゃった」

「私にも教えてよ」


 香澄の目が本気だ。


「ひょっとして、韓国についてきた目的って!」

「ちゃんと囲碁の勉強が目的よ。それは

「絶対、教えない」

「いいもん、明日自分で聞くから」


 気が付けば笑っていた。香澄のおかげで、言葉の壁や囲碁の実力差で不安な気持ちも吹き飛んで、韓国の初日の夜は楽しく過ぎていった。

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