第22話 決意

「理央、クリスマスどうするの?芝田君とデート?」


 駅から学校に向かう途中、由香が唐突に聞いてきた。芝田君の名前を聞いただけで、胸の鼓動が速くなってしまう。


「まだ、何にも決まってないよ」

「え~、芝田君まだ言ってきてないの。理央からもアプローチした方が良いよ」


 理央と芝田君をくっつけようと、由香は煽って来る。でも、まだ芝田君と香澄どちらにするかを選びきれていない。


 理央として生きていくなら、芝田君と付き合うのがいいのは分かっている。でも、敗戦した日の夜、香澄が優しく慰めてくれた快楽は忘れられない。それに芝田君のことは好きだけど、男の人に体を預けるのには抵抗がある。


 そんなことを思いながら歩いていると、由香から急に背中をたたかれ我に返った。


「ほら、理央。芝田君いるよ。行ってきなよ」


 学校の駐輪所に自転車を止めている芝田君に向かって、由香が背中を押してきた。


「芝田君、おはよ」

「藤沢さん、おはよ」


 由香が隣にいることに気を使って、下の名前で呼ばずにいてくれる芝田君の心遣いがありがたい。もし、由香にバレたら冷やかされるところだった。

 

 芝田君が自転車から鞄をとって、教室に向かおうとしている。早くしなよと言わんばかりに、由香が肘でつついてくる。


「芝田君、クリスマスの日って空いてる?」

「空いてるけど・・・」


 嬉しさを必死で隠そうとしている芝田君の顔が、妙にかわいく感じられた。


 ◇ ◇ ◇


 アゲハマの石を一つとり、碁盤の上に置いて頭を下げた。投了の合図だ。その瞬間、対局者二人の間に張りつめていた緊張感のある空気が消えた。


「いや~、難しかったけど、指運が良かったです」


 対戦相手が謙遜のように言った。確かに中盤、お互いに生きていない石が競り合い難しい碁となった。

 相手の多少強引とも思える手を咎めることができず、理央の方が土俵を割ってしまった。局後の検討しているときに、相手から「こう打たれたら嫌でした」と上手い返し技を指摘され、2回負けた気分になってしまった。


 これで先週の名人戦予選Bに続き、十段戦も予選Bで敗退となり、3連敗となってしまった。予選Cとは違い実績も実力も格上の相手とも戦うようになったので、楽に勝てないのは当然だが、それでも3連敗はつらい気分になる。


 理人の時も3連敗どころか5連敗まで経験したことがあるが、女流棋聖戦の準決勝で躓くまでは順調だっただけに余計に堪えるのがつらい。

 プロ棋士の対局は一部を除きトーナメント方式なので、敗退イコール収入減になるのも問題だが、それ以上に負けが続くと今までの努力が全部否定された気分になってしまう。

 勝てば天国、負ければ地獄、プロ棋士になってから対局のたびに、心の天秤の針が揺れ動き続けている。


 検討を終え控室に戻る途中、横を歩く神様から話しかけられた。


「最近、恋に浮かれて、勉強をサボってるからじゃ!」


 勉強をサボってるつもりはないが、集中できていないのは事実だ。棋譜を並べながらも芝田君からメッセージきてないか気になってしまい、スマホを何度も見てしまう。詰碁を解こうとしても、いまいち集中できていない。


 そんな状態で戦えるほど、囲碁の世界は甘くない。自分でもわかっているけど、芝田君のことが頭から離れない。

 そんな思いで控室のドアを開けると、先に対局を終えた香澄が待っていた。他の棋士と明るい表情で話しているところを見ると、香澄は勝ったようだ。


「理央、終わった?今日は食べて帰ろうか?」


 暗い表情で結果を察したのか、敢えてそれには触れずにいてくれる。蚊が鳴くような小さな声で、「うん」の返事をした後頷いた。


「今日の対局、最後大石の攻め合いになって大変だったんだよ」


 香澄が歩きながら、呑気そうに今日の自分の対局を話してくれている。まだ、連敗のショックから立ち直れないので、一方的に話してくれる方が助かる。


「今日は、焼肉にしようか?今日は女流本因坊戦の本戦に勝って、対局料もたっぷり入るし奢るよ」


 そう言いながら、通りにあった焼肉屋に入っていった。香澄の後を追いかけて、一緒にお店に入った。


 ◇ ◇ ◇


「追加の上カルビとロース2人前ずつです」


 店員さんが追加のお肉を持ってきてくれた。すぐに網に移して焼き始めることにした。落ち込んでいたとはいえ焼肉を食べ始めると、やはり10代の体、食欲が止まらない。


「やっぱり若いとよく食べるね。私は、もう肉はいいや。冷麺とマッコリのソーダ割、もらおうかな」

「あっ、私ビビンバ食べる!」

「儂は、食後のデザートに黒蜜アイスが欲しいの」


 網を交換してくれている店員さんに、理央と神様の分も香澄が追加注文してくれた。


「それだけ食べられるようなら、大丈夫そうね。控室に入った時、ゾンビのような顔してたから、心配しけどもう安心ね」


 香澄が安心したような表情で言った。


「ありがとう、心配かけたね」

「元気になってもらえれば、それでいいから。焼肉食べて元気も出たことだし、今日は寝かさないぞ。いっぱいお姉さんが、慰めてあげるから」


 それ、慰めるの意味が違うから。と心の中でツッコみながら、これ以上香澄に心配はかけられない気持ちも沸いてきた。


「私、冬休み韓国に行くことにする」

「いきなり、どうした?韓国なら私も行くよ。一緒に焼肉食べて、買い物しよ」

「観光じゃなくて、修行に行くの!」


 囲碁は、昔は日本が圧倒的に強かったが、ここ最近は中国、韓国が猛烈な勢いで追いかけてきて追い抜いて行ってしまい、日本は後塵を拝している。

 日本を離れ、韓国に行けば何か変われるのかも知れない。


「じゃ、私も行く。私も一度、韓国で修行してみたかったんだ」

「香澄も?」

「理央、未成年の女の子一人で、海外は危ないよ」


 たしかに初めての海外、ましてや女子高生が一人だといろいろ危なそうだ。香澄が一緒の方が心強い。学校が冬休みに入るのを待って、一緒に韓国に行くことが決まった。

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