第20話 取材
「ありません」
対戦相手の和田3段が、頭を下げて投了を告げた。中盤以降、難しい戦いとなったがなんとか勝つことができた。
対局室を出ると、控室から出てきた香澄に声をかけられた。香澄は今日は手合いはないが、控室で他の棋士と検討していたようだ。
「理央、おめでとう。これで女流棋聖戦、準決勝進出だね」
「ありがとう」
「検討室で、みんなで理央の対局見てたよ。中盤上手くサバいたね」
ネット中継を控室で見ていたようだ。記録がつく対局に憧れていたが、実際そうなってみると、自分の碁をみんなで検討されていたかと思うと、ちょっと恥ずかしい気持ちになる。
「今みんなは、名人戦リーグ見てるから、理央もくる?」
「うん、行く」
女流棋聖戦の本戦は1手30秒の早碁ということもあり終わった後も、持ち時間5時間の名人戦リーグはまだ続いていた。
対局が終わったばかりで疲れてはいるが、名人戦リーグも気になるので控室に言ってみることにした。
◇ ◇ ◇
「これで、白戦えるの?」
「出切って、ノビたところにカケて・・・」
控室で名人戦リーグの対局をみながら、碁盤で変化図を作り香澄たちと検討しているところに、日本棋院の職員から声をかけられた。
「藤沢先生、ちょっといいですか?」
検討の輪から離れて、控室の隅の方へと移動した。
「10連勝と女流棋聖戦準決勝進出、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
ここ2か月ぐらい負けてないとは思っていたが、10連勝していたとは思わず自分のことながら驚いてしまった。
「来月号の『囲碁世界』で期待の若手特集があるので、その中で藤沢先生を紹介したいと思っています。そこで急なんですが、来週取材と写真撮影させてもらってもいいですか?」
取材。耳慣れない甘美な言葉に、舞い上がりそうになる。即答でOKした。
「では、来週の土曜日10時に棋院に来てもらっていいですか?」
手帳を広げ、来週の土曜に大きな文字で『取材』と書き込んだ。
◇ ◇ ◇
「こっちに視線ください」
「次は、碁石をもって真剣な表情でお願いします」
プロのカメラマンからの指示に従って、いろんなポーズや表情を作っていく。表情を作っていくたびカメラマンから褒められるので、女優やアイドルになったような錯覚になってしまう。
「写真は以上です。つづいて取材に移りますが、ライターの方がくるまで、もうちょっと待ってください」
棋院の職員とカメラマンが部屋から出て行った。取材とは関係ないが、保護者気取りでついてきた香澄と二人部屋に取り残された。
「やっぱり、プロのメイクはいいの~。クールビューティーで、見下している感じの表情が最高じゃ」
いやもう一人、神様なので 一柱いた。見下している感じではなくて、本当に見下しているが、一応神様なので言わないでおこう。
「いつもの暖色系もいいけど寒色系も、理央には似合うのね。さすが、プロ。参考になった」
取材とこの後もう一つ予定があったので、気合いをいれて美容室で髪の毛のセットとメイクをしてもらった。
プロの技は見事で、自分が自分ではないみたいに感じられる。
「参考にしてどうするの?」
「クールビューティーな顔が、あんな所やこんな所を舐めまわしているうちに、光悦の表情に変わっていくと思うと、ゾクゾクしてくる」
あんな所ってどこ?一応、まだ未成年なんですけど・・・
神様と同じぐらい、考えていることがエロい。
―――カン、カン
困惑しているところにドアをノックする音がして、記事を書いてくれる囲碁ライターの方が部屋に入ってきて取材が再開となった。
普段の勉強方法や理由や今後の目標などを聞かれて、取材は終わった。
◇ ◇ ◇
「おまたせ、ごめん、取材が思ったより伸びちゃった」
芝田君は驚いた表情をしている。やっぱり美容室でメイクしてもらって正解だった。
「いや、大丈夫だから。チケットは買っておいたから、中に入ろう」
芝田君とは学校で会ったりみんなで遊びに行ったりすることはあるが、二人きりで会うのは初めてで胸がときめく。
芝田君とみるなら映画は何でもよかったが、せっかくなので先週から始まったスパイ映画シリーズの3作目を見ることにした。
理人だったときに、1作目と2作目は観たことがあり好きなシリーズだった。
映画が始まり劇場が暗くなると、芝田君が手を握ってきた。空手をやっているだけあって、硬くて力強い手だった。
男の人に守られるってこんな感じなんだ。包み込むような優しさの香澄とは違い、頼りがいのある強さを感じる。
もっと芝田君にくっつきたい。そんな感情が沸いてきて、肩を寄せ合い頭を芝田君の肩に乗せた。
◇ ◇ ◇
「映画面白かったね」
映画が終わった後近くのコーヒーショップに入って、カフェオレを飲みながら映画の感想を話した。
映画は一人で見ても良いが、誰かと一緒に行って感想を話し合うのも、また楽しい。
「理央ちゃん、女の子なのにこのシリーズが好きって珍しいね。理央ちゃん、恋愛系とかそっちが好きかと思った」
映画の選択をミスったかな?でも、今『理央ちゃん』って言ったよね。
香澄を始め女友達には言われ慣れているが、男子から言われるとまた違った感じがする。
「ごめん、ちょっとトイレ行ってくるね」
動揺してしまい上手く話ができそうにないので、一度トイレに行って気持ちを落ち着かせることにした。
トイレに向かう途中、二つ離れた席に香澄がいるのがみえた。理央が座っている席からは、柱が視界を遮っていて気づきにくい席だ。
「香澄、いたの!」
芝田君に気づかれないように小声で話しかけた。
「理央は浮かれてて気づかなかったみたいだけど、映画の時からずっといるよ」
香澄は悪びれる様子もなく、一口コーヒーを飲んでから答えた。
「なんで、つけたきたの」
「つけてきたって人聞きの悪い言い方しないで。理央が心配だから見に来ただけよ。理央の好きな男の子ってどんな感じなのか気になったし、男子とイチャつく理央をみるのもNTRな感じでいいね」
映画館で芝田君の肩に寄りかかっていたのを見られていたと思うと、恥ずかしさが込み上げて顔が赤くなってくる。
そんな中、香澄の隣で呑気にチーズケーキを食べている神様をみると、腹が立ってきたので神様の頭をはたいた。
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