第16話 研究会

「今日の研究会って、何人ぐらい来るの?」

「10人ぐらいかな?祝日だから院生の研修もないし、院生も呼んじゃった」


 香澄が研究会用に借りている部屋のドアのカギを開けている。

 香澄は3年前に女流棋士の研究会を立ち上げ、理央が一緒に住み始めるまでは香澄のマンションで研究会を行っていた。

 理央が一緒に住み始めたので研究会用に別に部屋を借りて、規模も大きくして兄弟弟子の院生の子にも声をかけたようだ。


 院生の面倒までみるなんて、姉御肌の香澄らしいと思ったが、香澄の真実を知ると別の目的があるのではないかと懐疑的な目でみてしまう。

 この部屋に移ってる以前は、自宅で研究会をやっていたとなるとなおさらだ。


「こんにちは」

「今日はよろしくお願いします。お菓子買ってきたから、あとでみんなで食べよ」


 予定の時刻が近づき、次々に女流棋士や院生が集まってきた。10代~20代の女性が集まると一気に部屋は華やかになってきた。


「かわいい子がいっぱいじゃ!」


 若い女の子がいっぱいいることで、神様が嬉しそうにしている。

 たしかにどの子も顔立ちがいい。香澄が別の目的をもって、声をかけているとしか思えない。


 ◇ ◇ ◇


「揃ったところで、始めようか?最初はくじで対戦相手決めよう」


 香澄の合図で研究会が始まり、みんなくじを引いて席に座った。

 さっきまでの、にぎやかな雰囲気から一転して、碁石の音と対局時計をたたく音だけが聞こえる緊張感で張り詰めた雰囲気に変わった。


 理央の相手は、大沢3段。去年の女流名人の挑戦者で、たしか年齢は25歳だったはず。

 年齢も実力も上の先輩棋士の胸を借りて、打ち始めた。


 布石は最近流行りのダイレクト三々から、白の理央が地を稼ぎ、黒の大沢3段が厚みを築く展開となった。

 中盤以降はその厚みを活かして大沢3段が攻めてきた。右辺を何とかしのいだかと思えば、次は左辺へと次々に攻めてくる。

 左辺の白は中で生きるのは簡単だが、それだと中央に黒地がついてしまう。どうしたものかと悩んだとき、閃くものがあった。


 黒のトンである石にコスミツケれば、コウになるが中央の黒地は減る。コウ材は白の方がありそうだし、やれそうな気がした。


 結局、コウは黒に譲って、白は隅の黒地を減らしながら生きたので、白の地合いリードが確定した。それをみた黒が投了して、碁は終わった。


「ここ生きてくるかと思ったけど、コスミツケしてくるとは思わなかった。打たれてみれば、良い手だね。理央ちゃんよく気付いたね」

「たまたまコスミツケが閃いて、いけそうだなと思ったから打ってみました」


 大沢3段との対局を終え、その後の検討で褒められた。実力も実績も豊富な先輩棋士に褒められると、素直に嬉しい。

 

 理央に生まれ変わって若くなったこともり、吸収力や感性が10代のころのようによみがえった。

 理人としてプロの対局を重ねて得てきた知識や経験はそのままなので、ゲームの「強くてニューゲーム」のような状態だ。


 ◇ ◇ ◇


 1局目終えてコーヒーとケーキで休憩しているところに、かわいらしい女の子が近づいてきた。


「上野さん、どうだった?」


 香澄が声をかけた。


「負けました。プロの方は強いですね」

「理央、上野さんと打ってくれる?」

「いいよ。」


 香澄によると、院生の上野さんは香澄の兄弟弟子で院生で上から2番目のBクラスで、小学6年生の12歳とのことだった。

 もうすぐ女流のプロ試験が控えているので、今日の研究会に呼んだとのことだった。


 黒の上野さんが着手して対局が始まった。最新の定石にも対応できており、きちんと勉強しているのが伝わってくる。

 中盤、お互い生きていない弱い石同士の競り合いとなった。攻め急いだ上野さんのケイマした手が敗着で、ケイマの薄みを咎めて黒石が死んだところで、中押し勝ちとなった。


「ここはケイマよりもトビが良かったね。『取ろう取ろうは、取られの元』って言葉通り、取りに行くときは薄くなるのに気を付けないとね」

「すみません。取れると思うと取りに行っちゃうのが、悪い癖です」


 上野さんは、局後の検討を真剣に聞いている。途中で兄弟弟子が気になるのか、自分の対局を終えた香澄も検討に加わってきた。


「上野さん、序盤は上手く打ててるから、自信もっていいからね」


 負けた上野さんを励ますように、香澄は上野さんの肩をたたいた。


 ◇ ◇ ◇


研究会が終わり日が沈んで暗くなっていたので、 香澄と一緒にまだ小学生の上野さんを駅まで送ってから帰ることにした。


「じゃ、気を付けて帰ってね」

「今日はありがとうございました」


 礼をして駅の改札に入っていく上野さんを、香澄と二人で上野さんの姿が見えなくなるまで見送った。

 自宅の最寄り駅には、親が迎えに来ているみたいだ。

 

「さあ、うちらも帰ろうか?」

「そうだね。ところで、上野さん、可愛かったね」

「そうでしょ。上野さん、可愛いから私のお気に入りなの」


 理央は教えたことを素直に聞いていたのを可愛いと言ったつもりだったが、香澄の「可愛い」「お気に入り」は別の意味でのように聞こえる。


「小学生に手は出してないよね」

「小学生だし、出してないよ」


 その表現の仕方にも、別の意味があるのではと勘ぐってしまう。


「ひょっとして、今日集まった中にいるの?」

「全員じゃないよ。それにちゃんと同意取ってるから、大丈夫だよ」


 語るに落ちた香澄から、研究会の別の目的を知ってしまった。それに同意って、なんの同意だよ。と心の中で突っ込む。


「安心して、今は理央一筋だから」


 余計に安心できない言葉を言って、香澄は微笑んだ。

 


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