第15話 タイトル戦

 タイトル戦の会場に入ると、今までの手合いとは違う雰囲気に包まれいた。テレビカメラなどの報道関係者、インターネット中継するためのスタッフなど多くの人たちで会場付近は混雑していた。。


「鈴木先生、おはようございます」


 挨拶して、先にきていた鈴木2段の隣に座った。棋譜や時計など記録係に必要な用具が揃っているかを確認して、開始時間が来るのを待った。


 大部屋とは言え中継スタッフやスポンサー関係者が多くいるので、会場はにぎやかな雰囲気だった。

 その雰囲気も山井天元が部屋に入ってきた瞬間に消え、部屋は一気に静まり返った。

 昨日、あいさつした時はにこやかに挨拶を返してくれて、親しみやすさすら感じていたが、対局当日となると雰囲気というかオーラが違う。


 続いて川村7段が部屋に入ってきて、碁盤の前に座った。5番勝負の1局目を落とし、2局目の今日は勝つという気合いに満ちた表情をしている。

 カッコいい。理人の時は同性の男をカッコいいと思っても、モテてて羨ましいぐらいにしか思わなかったが、カッコいい男性をみると理央になってからは惹かれるものがある。


「時間になりましたので、始めて下さい」


 立会人の大山9段の合図で対局が始まり、黒番の川村7段が右上隅星に打つと同時に、カメラのシャッター音が響いた。

 1手目が打たれると、多数いた報道関係者やスポンサー関係者、立会人も部屋から出て行ってしまい、対局者二人と記録係二人だけが部屋に残った。


 ◇ ◇ ◇


 対局が始まり記録を取りながら、対局者と同じように盤面をみて次の手を考える。

 着手から伝わってくる対局者の読みの深さや判断力に、感服の気持ちを抱いてしまう。


 今は下辺の攻防で白の攻めに対し、黒番の川村7段が長考している。応手に困る急所に打たれて悩んでいる姿をみて、不謹慎ながらカッコいいと思ってしまう。

 この表情を生で見られただけでも、記録係をしてよかったと思ってしまう。


 山井天元の攻めを川村7段が上手くさばいたところで、昼休憩の時間となった。息が詰まる対局室を出て、控室に入ると思わずため息が出てしまった。


「緊張したね」


 鈴木2段が話しかけてきた。鈴木2段も緊張から解き放たれて、リラックスした表情になっている。控室に置かれていたお弁当を頂くことにした。

 対局の緊張感がゆるみ、鈴木2段との会話も弾んだ。


「そういえば、藤沢さんって中村先生と一緒に住んでいるって聞いたけど」

「そうだよ。ルームシェアしてる」

「棋士同士だと、一緒に対局できたり、勉強できたりしていいな。でも、中村先生とどこで知り合って、ルームシェアするぐらい仲良くなったの?」

「院生時代に…」


 そこまで言いかけて、17歳の理央と24歳の香澄とは年齢が違い過ぎて、院生時代が被っていないことに気づいた。


「院生時代に師匠の研究会で知り合って、何かウマがあうというか、姉と妹みたいな感じでよくしてもらってて、東京に出る時も最初は親が反対だったけど、中村先生と一緒ならって家から出してもらえた」

「そうなんだ。確かに中村先生と姉妹って感じだね」


 なんとか誤魔化せたようだ。あとで香澄に言って、口裏を合わせてもらわないと。


 ◇ ◇ ◇


 昼休憩も終わり対局者が対局室に戻ってくると、対局室は再び緊張感包まれた。対局室には碁石の音と山井天元の唸り声だけが響ている。


 盤面は黒の挑戦者優位の状況のまま進んでいた。黒が右辺の白にカケたところで、山井天元が長考に入った。

 カケに対して受けないと、右辺の白が死んでしまう。当然、受ける一手と思われたが、山井天元は時間をたっぷりかけて何か考えている。


 残り時間1時間のうち50分を費やし、山井天元は右辺を受けず上辺を囲う手を打った。受けていては地合いで足りないのはわかるが、右辺が無事で済むのか?


 着手を見た川村7段の眉間にしわが寄った。数分の考慮時間を使った後、右辺の白石を攻め始めた。

 部分的には生きはなかった白石だが、攻めてくる黒石の薄みを巧みに突くことで、右上隅の黒との攻め合いに持ち込んだ。

 攻め合いは白の一手勝ちとわかったところで、川村7段のがっくりした表情になった。


「ありません」


 振り絞るような声で、投了を告げた。その瞬間、カメラマンと記者が対局室に入ってきて、静かだった対局室が一気に賑やかになった。


 ◇ ◇ ◇


 感想戦と呼ばれる局後の振り返りも一緒に見て、記入した棋譜を主催者に渡したところで記録係の役割が終わった。

 部屋に戻ると、香澄は昨日と同じようにビールを飲んでいた。神様は、カップ焼きそばをつまみにビールを飲んでいた。


「お疲れさん。夕飯買ってあるけど、外に食べに行ってもいいよ。どうする?」

「ありがとう。疲れたから、ここで食べるよ」

「じゃ、お湯沸かしておくから、お風呂入っておいで」


 お風呂から上がり香澄に髪を乾かしてもらいながら、インスタントラーメンを食べた。二日連続、豪華なホテルで、貧祖な夕食。まあ、それもなぜか楽しい。


「シュークリームもあるけど、食べる?」

「食べるぞ」


 聞いてもない神様が返事をした。シュークリームを神様に譲り、プリンを食べることにした。


「井山天元の手すごかったね。あの右辺のカケに手ぬいたところ。やっぱり検討室も盛り上がった?」

「盛り上がったよ。AIが候補手には挙げていたから、検討室でも一応変化図は作っていたけど、隅との攻め合いが難しいから現実的じゃなさそうって感じだった」


 最近は将棋と同様囲碁もAIの実力が人間を超えており、最善手や盤面の評価などをAIに聞いてみるのが一般的になってきた。

 人間だと受けて当然と他の手を考える気にもならない場面でも、AIは先入観なく幅広く考えて最善手を表示する。

 そんなAIと同じ手を選んだ山井4冠の強さに、改めて恐れ入った。


「そういえば、鈴木先生から香澄とは年齢離れているのに、どこで知り合ったの?って聞かれた」


 つじつまが合うように口裏を合わせるようにお願いした。


「一目会った時から運命の糸で結ばれていることを知って付き合い始めたって、言っても良かったのに」

「そんな恥ずかしい台詞言えない!」


 香澄と付き合っている、理人の時には夢見たことだが、理央になった今となってはあまり嬉しくはない。たしかに香澄は好きだ。でも芝田君をはじめ、男子も気になる。どうしよう、どっちがいいのかな?

 香澄にベッドに押し倒され、唇を奪われながらそんなことを考えていた。



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