第14話 記録係

 朝、目を覚ますと、香澄の顔が目の前にあった。


「もう、起きちゃったの。もうちょっと楽しみたかったのに、残念!」


 寝ている間に何を楽しんだ?聞こうと思った時には、香澄は寝室から出て行ってしまっていた。

 温泉旅行で同性愛者で理央のことを好きとカミングアウトして以来、香澄は隠す必要がなくなったと思っているのか、積極的に絡んでくるようになった。


「今日、学校から直接行くの?」

「うん。3時過ぎには終わるから、5時には着いて前夜祭には間に合うと思う。」


 明日行われる囲碁の7大タイトル戦のうちの一つである天元戦第2局の記録係をするために、今日学校が終わるとすぐに電車に乗って、会場である神奈川県のホテルに移動することになっている。


「私も行くことにしたから、荷物持って行ってあげるよ」

「ありがとう。理央も泊るの?神奈川なんだから明日、来てもいいじゃない?」


 タイトル戦には検討室というのが設けられ、多数の棋士が現地でタイトル戦の棋譜を並べながら、展開を予想したり、どちらが優勢なのか話し合う。

 一つの局面でも棋士によって意見が分かれ、いろんな意見に触れることができ勉強になるので、検討室に参加する棋士も多い。


「理央も泊るんでしょ?私も泊るよ。部屋はダブルに変更しておいたから、一緒に泊まろう」

「勝手に変更しないでよ」


 タイトル戦の前夜祭に出席するため帰るのが夜遅くなるので、取っておいたホテルの予約を勝手に変更されていた。

 二人で共用で使っている研究用のパソコンから、ホテルの予約を取ったのが間違いだったようだ。

 カミングアウトしてからの香澄は遠慮というのがない。

 

 ◇ ◇ ◇


 会場のホテルで香澄と合流した後、部屋に入りこの日のために買ったフォーマルなワンピースに着替えた。


「そのワンピースだと、メイクしてない方が不自然だからメイクするね」


 そう言って香澄は理央を椅子に座らせた後、メイクを始めた。一度香澄に教えてもらったことがあるが、眉が左右で形が違ったり、チークが濃すぎたりで上手くいかず、練習することすらやめてしまった。


「理央もメイクできるようにならないとね。ほら、できたよ」


 鏡をみるといつもと違った自分の姿が映っていた。自分の顔ながら、思わず見とれてしまう。


「その可愛い顔を舐めまわしたいけど、メイクが崩れちゃうから夜の楽しみにとっておくね」

「楽しみにとっていても、させないからね」


 残念がる香澄を残して、前夜祭会場の宴会室へと向かった。


 ◇ ◇ ◇


 前夜祭の会場にはいるとタイトル戦とあって、囲碁の関係者だけでなく、報道関係やスポンサーなどの人たちも多くきており、にぎやかな雰囲気となっている。

 理人の時も記録係はしたことがあるが、タイトル戦の記録係は経験がなく、注目度が通常の対局とはけた違いなので、記録係でも緊張していまう。


 明日一緒に記録係を務める鈴木2段をみつけ、あいさつした。


「明日はよろしくお願いします」

「こちらこそ。なんだか緊張するね。」


 年配の人たちが多く居心地の悪さを感じているのは、数少ない同年代の鈴木2段も同じようだ。  

 会場の隅で二人で話していると、あっという間に前夜祭開始の時間となった。


 ◇ ◇ ◇


 すでに名人・本因坊など4冠をもつ山井天元が防衛を果たすか、若手の新鋭19歳の川村7段が初タイトル獲得なるかで、注目度は高く多くの報道陣に囲まれて前夜祭は始まった。


 始まってからは挨拶をして回ったり、途中記録係ということで紹介があり壇上に上がってコメントを求められたりと、忙しく立ち振る舞っていたら前夜祭は終わった。

 2次会にも誘われたが未成年を理由に断って、部屋に戻ることにした。


 部屋に戻るエレベーターの中、緊張がとけたのかお腹の音が鳴った。立食形式の食事もあったがほとんど食べられず、お腹がすいている。

 部屋に戻ったら、着替えて近くのコンビニに何か買いに行くことにした。


「おかえり」


 部屋のドアをあけると、香澄はビールを飲んでいた。神様もお酒を飲んだのか、赤い顔して寝ていた。


「偉い先生ばかりで緊張しっぱなしで疲れた~」

「食事とれなかったでしょ、インスタントラーメン買ってあるけど食べる?」

「ありがとう」

「私も一度タイトル戦の記録係やったけど、何も食べられずに終わったからね」


 メイクを落として着替えている間に、香澄がお湯を沸かしてラーメンを作ってくれた。

 メイクを落とすとすっきりして、余計にお腹がすいてきた。普通のインスタントラーメンだが、いつもより美味しく感じる。


「前夜祭、どうだった?」

「川村先生、カッコよかった」

「理央、男の人をみてカッコいいと思うんだ」


 同性愛者の香澄にとって男性は恋愛対象外で、なんとも思わないらしい。理人だった時に、同じ男を見てもたしかに何も思わなかったので、それと同じ感覚なんだろう。


「ごちそうさま」


 ラーメンを食べ終わると、ようやくお腹が満たされて人心地がついた。疲れた体を癒すためベッドに背中から倒れると、体中の力が抜け気持ちいい。

 気持ちの良さに目をつむっていると、耳を舐められる感触があった。


「香澄、何してるの!」

「何って、夜のお楽しみ。ずっと我慢してたんだから、ちょっとぐらいさせてよ。こんなかわいい理央と一緒にいて、何もできないのは拷問だよ」


 香澄の幸せそうな表情を見ていると、少し位は香澄の希望を叶えてもいいのかもと思ってしまう。

 





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