第13話 香澄の秘密

 旅行に行くと決めてからの香澄の行動は早かった。理央の意見を聞くこともなく、香澄は行先を千葉県にある水族館と温泉で有名なところに決め、すぐに旅館の予約をとり、高速バスも予約した。

 夏休みシーズンだが、平日なのですんなり予約が取れたみたいだ。こんな時、手合い以外の予定は自分で決められる囲碁棋士という職業のありがたみを感じる。


 ◇ ◇ ◇


 ―――海が見える!


 東京から高速バスに乗り、海が見えたところで胸が弾んだ。海なし県の群馬に育ったためか、海をみるとテンションが上がってしまう。

 理央の膝の上に座っている神様も、楽しそうな表情になっている。


「神様も、海が見えるとテンション上がるタイプ?」

「いや、お主の膝が気持ちいいからじゃ。それに胸がちょうど頭に当たってよいぞ」


 神様を空いている座席めがけ投げ飛ばした。背の低い神様も海がみたいだろうと膝の上に乗せたのが間違いだったようだ。


 ◇ ◇ ◇


 水族館にはいると、平日だが夏休みシーズンということもあり少し混みあっていた。水族館に来るのは小学生の遠足以来なので、見るものすべてが新鮮に感じてしまう。


 館内を順路に沿って見て回りながら、途中のクラゲの水槽の前を通りかかると、ゆらゆらと浮かぶクラゲの姿がきれいで見とれてしまった。


「ほら、シャチのショーが始まるから行くよ」


 クラゲの水槽から動かない理央の手を香澄が引っ張った。理央が歩き始めてからも、香澄は手を離さず付き合いたてのカップルのように、手をつないだまま館内を進んだ。


 シャチのショーを観た次は、ペンギンをみたいという香澄の希望でペンギンを見に行った。


「理央、知ってた?ペンギンの世界も浮気ってあるんだって」

「そうなんだ」

「若い子が好きで浮気したり、略奪愛とかもあるんだって。あと同性愛カップルもいるんだって」

「人間と同じだね」


 人間以外の動物にも恋愛感情があることを初めて知った。本能のままに子作りしているだけかと思ったら、意外と奥が深そうだ。


 ◇ ◇ ◇


「予約しておいた、中村ですが」

「本日から1泊で2名ですね。こちらにご記帳おねがいします」


 ホテルの受付で香澄がチェックインしているのを後ろで見ながら、女性二人で泊まるのは自然に見えるが、男性二人だと不審がられるのはなぜだろうと考えてしまう。


 部屋に荷物を置いてすぐに、香澄がお風呂に入りたいというので、露天風呂へとむかった。まだ早い時間ということもあり、お風呂には誰もおらず貸し切り状態だった。


「やっぱり、温泉はいいね」


 海がみえる露天風呂は気持ちがいい。海を眺めながらくつろいだ感じでお湯につかっていると、香澄が胸を揉み始めた。


「ちょっと、香澄」

「いいじゃん、誰もいないだし。一緒にお風呂入るのも久しぶりだから、触ってみたくなっちゃった」


 とくに悪びれた様子もなく香澄は胸を触り続けている。髪の洗い方を教えてもらった時以来、一緒にお風呂に入るのも久しぶりだ。

 誰もいないのも確かだし、日ごろお世話になっている香澄の希望もかなえてあげることにした。


 ◇ ◇ ◇


 夕飯の時間となり、テーブルには船盛の刺身や和牛ステーキの陶板焼きなどごちそうが並んでいる。

 何から食べるか悩ましいが、目の前にある刺身を頂くことにした。


 う~ん。口の中に旨味が広がって、美味しい。以前だったら日本酒と合わせたいところだったが、今はお茶しかないのが残念だ。


 香澄と神様はステーキをつまみに、ビールを飲んでいる。うまそうだ。

 理人が未成年のころは大人たちが同じことをしても何も思わなかったが、一度その味を知ったうえでお酒が飲めない生活に戻されるのも辛い。

 

「神様、寝ちゃったね」

「そうなんだよね。お酒好きなくせに、すぐに酔っぱらって寝てしまう」


 ふ~う。お腹いっぱい。日ごろは体重管理に気を付けて、食べ過ぎないようにしているが、旅先では気が緩んでしまって食べ過ぎてしまった。

 浴衣の帯も少し緩めくつろいでいるところを、急に香澄に押し倒されてしまった。


「ごめん。どうしても我慢できない」


 そういって、香澄は唇を奪った。


「理央も悪いんだよ。こんなにかわいい顔して、私に甘えてきて、私のことを受け入れてたし、私もその気になっちゃうじゃない。それに今だって、帯を緩めて誘ってきたでしょ」


 もちろんそんなつもりはない。女の子のことが分からないので香澄に頼っていたし、夜やお風呂で体を触ってくるのも女の子同士そんなものと思っていた。

 香澄に顔をなでられ、なめられながら、美人な香澄に浮いた話が今までなかったことに気づいた。狭いこの業界で、誰かと付き合えばすぐに噂になる。院生時代から、香澄にはそんな噂が一つもなかった


 ひょっとして、香澄は女性が好きなのか?


「指何本までならいい?」


 指?何本?何のことだ?男女の愛し方はなんとなく知っているが、女性同士の愛し方なんてわからない。分からないけど、なんとなくやばそうな気がする。


「ごめん。まだ、そこまでは」

「そっか、私の方こそごめん。焦り過ぎた」


 そのあと、電気を消して布団に入った。布団に入ると香澄が話しかけてきた。


「理央は、男が好きなの?女が好きなの?」


 心は理人のままだから恋愛対象は女性のままのはずだが、体が女子高生の理央のせいか体育で女子の着替えを見ても性的な欲求はわいてこない。


「わからない。香澄のことは好きで一緒に暮らせて楽しい。でも、クラスの男子で気になる人もいるから、男が好きなのかわからない」

「男なんて、体だけが目的の下品でガサツな生き物だよ。それより女の子同士の恋愛の方が、体だけじゃなくて精神的なつながりの方を重視するからいいよ」

「そんな話をしながら、なんで胸揉んでるの?結局、香澄も体目的?」

「まあ、これは挨拶みたいなものだから、気にしないで。少しずつ私の事受け入れてくれたらいいから、焦らなくていいよ」


 なぜか香澄のことを受け入れる前提で話が進んでいた。心の理人としては香澄も好きだけど、体の理央は芝田君を求めている。どっちと結ばれたらいいんだろう?




 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る