第12話 女の子の苦労は続く

 ワンピースは涼しくて、気持ちいい。夏の陽射しが強い中、指導碁のバイトに行きながら、女の子になって良かったと感じた。


「夏はみんな薄着になるからいいの〜。とくにノースリーブは最高じゃ。チラリと見える脇が堪らん」


 隣を歩くエロジジイの言葉は無視した。


 理人の時は夏でもスーツだったのに対し、理央になった今では、オフィシャルな場面でもスーツ以外にもワンピースなど選択肢があり、その時の気候に合わせて調節がしやすくて助かる。


 学校が夏休みに入り、平日の指導碁も受け付けるようにして、バイト代を稼ぐことにした。

 香澄からはバイトのし過ぎで囲碁の勉強がおろそかにならないか心配されたが、好きな服も買いたいし、シャンプーや基礎化粧品など消耗品も買わないといけないし、女の子はいろいろとお金がかかる。

 夏休みに集中して稼いで、勉強は秋から集中してやろうと思っている。


 今日の指導碁は、碁会所ではなく個人からの依頼だった。

 場所が会社のビルだったので、服装もオフィス街に合うように清楚系のワンピースにしてきた。

 こうして場所に合わせた服装選びも楽しくなってきた。

 

 駅から歩いて5分のところにあるビルに入り、受付カウンターに向かった。


「本日、2時から大橋様と約束しています藤沢と申します」


 受付のスタッフに用件を告げると、女性スタッフが内線電話をかけ始めた。


 数分後、女性が現れた。年齢は30前後みたいだが凛々しく、黒のタイトスカートのスーツをかっこよく着こなしていた。


「社長秘書の平尾と申します。社長室までご案内しますので、ついてきて下さい」


 平尾さんの案内に従って、エレベーターに乗り、最上階にある社長室に入った。


「社長、藤沢先生をお連れしました」


 机に座っていた恰幅のいい男性が立ち上がって、近づいてきた。


「藤沢先生、暑い中お疲れ様です。今日はよろしくお願いいたします」


 そう言って、握手を求めてきた。手を差し出すと、社長は理央のを両手で握りしめた。


「まあまあ、座って下さい。今、冷たいもの持ってこさせますね」


 来客用のソファへと向かって歩く間、社長は腰に手を当ててきた。

 自然な感じで触ってくるので、拒否もしづらい。


 ◇ ◇ ◇


 社長は薄くなった頭を擦りながら、次の手を考えている。

 指導碁は社長の希望で4子となったが、実際はそれほどの腕前はなく、普通に打っていると潰してしまうので、手加減しながら打つのに気を使ってしまう。


 パッシ!


 考えた末に打った社長の手は悪手で、とがめようと思えば簡単だが、露骨にとがめると気を悪くしてしまいそうなので、別な手を考えるのに苦労する。


 ジャラジャラ…


 社長が碁笥に手を入れ、碁石をかき混ぜている。音が耳障りなので対局のマナーとして悪いこととされているが、目上の人には注意もしづらい。


 そんなストレスのたまる指導碁を約束通り2回こなして、指導碁は終わった。終わった後に、記念撮影を求められたので応じると肩に手を回された。

 そして、帰り際にはお尻を触られてしまった。


 満足そうな笑みを浮かべて手を振る社長に見送られ社長室を出て、エレベーターに乗った時、秘書の平尾さんが封筒を手渡してきた。


「正規の指導料は後程振り込みますが、これは迷惑料としてお受け取りください」


 拒否することが許されない雰囲気なので、封筒を受け取ることにした。秘書があらかじめこんな封筒を準備しているところを見ると、過去にも同じようなことがようだ。


「その代わり、今日のことは口外無用でお願いします」


 そこまで言われたときに、ちょうどエレベータは1階についた。封筒を押し返すことも、反論もできず、秘書から見送られながらビルを出た。


「なんだ、あいつは!理央の体に気安く触りよって!」


 ビルを出るなり日ごろのセクハラ発言は棚に上げて、神様も珍しく怒っている。


「神様らしく、天罰とか与えられないの?」

「箪笥の角に小指をぶつけるとか、割りばしがまっすぐ割れないようにしておいたぞ」

「小さいな」

「儂の力ではこれが精いっぱいじゃ。そもそも天罰は管轄外じゃ」


 スケールの小さな天罰だが、一緒になって怒ってくれると少し胸がすく思いだった。


 ◇ ◇ ◇


 駅の階段を登りながら、先日偶然目ににした芝田君のことを思い出す。

 昼休み学食からの教室に戻る途中、中庭で芝田君と友達がジュースを飲みながら話していた。友達同士の話に夢中で、理央が通りかかっているのを向こうは気づいていなかった。

 盗み聞くつもりはなかったが芝田君が「胸は大きさより形だよ」と言っているのが聞こえてしまった。

 密かに思いを寄せていた芝田君が、そんな会話を喜んでしているのがショックだった。

 

 理人だったとき、女子の体に興味がなかったと言えば嘘になる。でも、体だけが目的ではなかった。

 芝田君はどうなのかが気になってしまう。


 ◇ ◇ ◇


 帰りの電車に乗り込むと、車内は少し混雑していた。理央の後から乗ってきた男性が理央の横に立った。混みあった車内で隣に立たれるのは仕方ないが、妙に距離感が近い。

 電車が出発し車内が揺れると、その男性と体が触れてしまう。揺れに合わせて、自然な感じで男性の肘が胸に当たった。それで距離を取ろうと、少し横にずれると男性も距離を縮めてきた。


 ―――やっぱり、わざと体が当たるようにしている


 直接お尻などを触られているわけではないので痴漢と叫ぶこともできず、車内も混みあっているので逃げ出すこともできず我慢するしかない。

 結局次の駅でいったん電車を降り、別の車両へと移ることにした。


 ◇ ◇ ◇


「―――そんなわけで、散々な一日だったよ」


 夕ご飯を食べながら、今日あったことを香澄に話した。


「前も言ったけど、男は女性の体が目的なの。男なんて欲望丸出しで下品な生き物なんだから、気を付けなさい」


 男性全般をひどい言いようでこき下ろした。元男性としては肩身が狭くなる。美人な香澄も同じようなことを経験したのかもしれない。


「迷惑料で追加でお金もらったんでしょ。そんな不快な奴からもらったお金おいておくだけで気持ち悪いから、パーッと使ってしまいましょ」

「そうだね、どうしようか?」

「夏休みだし、旅行行っちゃう?」


 そんな勢いで香澄との旅行が決まってしまった。

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