第11話 女の子の苦労

 朝のトイレの時に赤いものが混じっているのを見て、この体の重さは気のせいではないことを知った。

 昨日から予兆はあったし先月からの周期を考えれば、今日なのはわかっていたが、改めて現実を知ると重たい体がさらに重くなる。


「どうだった?」

「始まってた」


 朝起きた時から体調悪そうにしてたのをみて、香澄が心配そうに声をかけてきた。女の勘はするどい。

 神様に女子高生にされて2か月が過ぎ、2回目の女の子の日がやってきた。それも、手合いがある日に。


 ◇ ◇ ◇


 先月、初めての女の子の日のことを思い出す。

 日曜日、学校が休みなので囲碁の勉強を頑張ろうと取り組んでいたがいまいち集中できず、風邪をひいたわけでもないのに急に体調が悪くなった。

 そのあと激しい腹痛が襲ってきて、トイレに駆け込んだ。いつもと違う感触に便器を覗くと、赤茶色の得体のしれないものが出ていた。

 よく見ると、下着にもついている。えっ、何、痔?それとも変な病気?

 不安な気持ちにつつまれ目の前が真っ暗になってきたとき、香澄のことが頭に浮かんだ。そうだ、女の子のことは、香澄に聞こう。


 1時間後、玄関のチャイムが鳴り、香澄が来たことを知らせた。鍵は開けておくと言っておいたので、香澄が部屋に上がってくる音が聞こえてきた。


「おまたせ。来たよ。理央どこにいるの?」

「ごめん、トイレにいる」

「なんでトイレにいるの?ひょっとして、電話してからずっとトイレにいたの?」

「だって、また血が出て下着とか服とか汚しそうだったから」


 呆れた顔をしながらも、香澄は生理用品の使い方を教えてくれた。

 地獄に仏。どうしようもなかった状況を、救ってくれた香澄のことが仏様のように見えた。

 一方、神様は何もできずにオロオロしているばかりで、思わず「役立たず!」と叫んでしまった。


 ◇ ◇ ◇


 そんな先月のことを思い出しながら、朝ごはんのトーストを無理やり口に入れた。食欲はないが、食べないと戦えない。

 一度決まった手合い日は変更できない。江戸時代から「碁打ちは親の死に目にあえない」と言われており、手合いは最優先されるべきものとして、行かなければ不戦敗になるだけだ。


「痛み止めだけでも飲んでいく?」

「うん。ありがとう」


 香澄と一緒に暮らすようにしていて良かった。自分一人だったら、どうにもならなかっただろう。


「香澄も毎月あるよな?どうしてたの?」

「私はそんなにきつくないのもあるけど、体温めたり、痛み止め飲んだりしてうまく乗り切っている」

「香澄は強いな」

「もう10年以上経つからね。理央はまだ2回目だから慣れてないけど、自分なりの対処法見つけなさい」


 世の中全ての女性が、こんなにきついのが毎月1回、苦行にも思える試練を耐えていると思うと女性の見る目が変わってきた。

 毎日能天気に笑っているクラスの女子たちにも、毎月1回きているはずなのにその気配すらみせない。

 理央になった以上、みんなと同じように毎月乗り越えていくしかないようだ。


 ◇ ◇ ◇


 手合いはいいところなしで、負けてしまった。格上の対戦相手に碁盤に集中せずに勝てるわけがない。一方的に押し切られて、早い投了となってしまった。

 家に戻ると、同じく今日が手合い日の香澄はまだ帰っていなかった。いつもなら、棋譜ノートをつけながら対局を振り返るが、そんな気分にはなれなかったので、事務的に棋譜だけ書いた後休むことにした。


「理央、夕ご飯食べられる?」


 香澄の声で目が覚めた。ソファに横になっていたら、そのまま寝てしまったみたいだった。前もそうだったが、生理中は眠い。


 夕ご飯を香澄と一緒に食べ始めた。


「香澄はどうだった?」

「勝ったよ、これで女流本因坊本戦入り」

「おめでとう」

「ありがとう。片付けはしておくから、理央はもう休みなよ」


 いつもはご飯を香澄が作ってくれる代わりに、後片付けは理央がしていたが、今日は代わってくれるようだ。


「ありがとう。ごめん、先に寝るね」


  ◇ ◇ ◇


 ベッドに横になり寝ていたが、香澄がベッドに入ってきたときに目が覚めた。


「ごめん、起こした?」


 香澄はそう言いながら、いつものように体を触り始めた。でも、いつもとは違う感じだ。いつもは撫でまわすといった感じだが、今日はおなかや腰をさすってくれる感じだ。

 気のせいか痛みが和らいでいく感じがする。


「ありがとう」


 そう言って寝返りを打って、顔を香澄の胸に当てた。香澄が包み込むように背中をさすってくれた。


 ◇ ◇ ◇


 生理2日目、昨日よりは楽にはなったが、まだ重い体で学校に行くことにした。駅から学校に行く途中に由香にあった。


「理央、おはよ。なんだか元気ないね」

「由香、おはよ。うん、ちょっとね」

「ひょっとして、あの日?」


 なるべくいつも通りしていたつもりだが、女の勘はするどい。


「重いのがつづくようなら、病院に行った方が良いよ」

「ありがとう」


 体調が悪いと、みんなの優しさが身にしみる。


 学校につき教室に入るとクラスの女子友達から、ゴリラのモノマネのおねだりがあった。あんまりする気にもなれないが、クラスのみんなが理央を期待の視線で見ている。その中に芝田君もいた。


 思い切ってゴリラのモノマネをやり切ると、みんな笑いだし、芝田君も笑っていた。芝田君が笑ってくれるなら、ゴリラのモノマネも恥ずかしくない。

 芝田君の笑顔を見ているうちに、すこし体の重さが軽くなってきたような気がしてきた。

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