第5話 教育係

 香澄のメッセージが届いてからほどなく、家のチャイムが鳴った。囲碁の勉強を中断して玄関に向かいをドアを開け、香澄を迎え入れた。


「えっ、誰。理人の彼女?」


 ドアが開き理央の姿を見た香澄は驚いていた。神様が「理人」ではなく、「理央」のいる世界に変えてあり、当然香澄も「理央」のことを知っているはずなのに。

 そういえば、さっきのメッセージも「理央」ではなく、「理人」とかいてあったことを思い出す。

 どういうことなんだ?神様に聞こうと、後ろを振り返った。


「その爺さんも誰?」

「えっ香澄、神様の姿見えるの?」


 ◇ ◇ ◇


「―――というわけで、囲碁の才能をもらう代わりに、女子高生になってしまった訳で…」


 香澄に院生時代に対戦した時の棋譜が書いてあるノートを渡した。受け取った香澄は、ノートをパラパラとめくり始めた。

 理人のいない世界になったものの、神様は棋譜ノートの中の理人は、そのままにしてくれていた。今となっては、これだけが唯一理人が存在した証でもあった。


「理人としての記録も一つぐらいあった方がよかろうと思って、それだけは残しておいたぞ」


 神様は恩着せがましく言って、冷蔵庫の方へと向かって行った。


「信じられないけど、この院生時代の棋譜持っているのは『理人』だけだし、変な神様もいるから信じるしかないか」


 冷蔵庫にあったビールを勝手に取り出しプルトップを開けた神様を横目に見て、香澄は悟ったような表情をしていた。


「なんで、香澄だけ『理人』のこと知ってるんだ?」

「ゲフッ!一人ぐらい事情が分かっている相談相手が、お主も欲しいじゃろ?ゲップ!それに、女性としての生き方も誰かに教えて貰わないといけないから、そこのところを香澄さんにお願いしたくて呼んだわけじゃ」


 一口ビールを飲んだだけで赤ら顔になった神様が、げっぷしながらも饒舌に話し始めた。お神酒が好きと言っていた割に、意外と強くはないようだ。

 思い返してみると神様が作ったという理央の記憶は、トイレの仕方が分からないなど、ところどころ抜けている部分があり辻褄が合わないところがある。

 男の神様は女の子のことには、あまり詳しくないようで作ることのできなかった部分もあるようだ。


「分かったわ、理央の教育係をすればいいんでしょ」

「そうじゃ、よろしく頼む」

「ありがとう、香澄」


 こうなってしまった以上、香澄だけが頼りだ。青春時代は囲碁ばっかりしていた理人にとっては、女子は未知の世界。この世界で生きていくには協力が必要だ。香澄の姿が頼もしく思えてきた。


「じゃ、まず着替えようか」

「えっ、なんで?」

「なんでって、その制服のプリーツスカート、家の中でも着ていたらしわがつくでしょ。制服は家に帰ったら、すぐに脱ぐ!分かった?」


 制服から着替えるためにクローゼットを開けたところ、香澄が後ろから中を覗き見始めた。


「かわいい服持ってるじゃん」

「儂のセンスじゃ」

「爺さん、良いセンスしてるね」

「そうじゃろ」

「このシースルーのブラウスかわいい!あと、このスカートも裾のフリルがかわいい!」


 その後も香澄は「かわいい!」を連発しながら、クローゼットから服を出している。俺にどれを着せるかを考えているようだ。

 いつの間にか神様と香澄は打ち解けあっていて、自分の部屋にいるにもかかわらず取り残されて疎外感を感じる。


「じゃ、これに着替えて」


 そう言ってピンクの上着と白のミニスカートを香澄が手渡してきた。


「これ着るの?すごく恥ずかしいんだけど」

「もう今は女の子なんだから、恥ずかしがらずに着なよ」


 ミニスカートには抵抗はあるが、制服とパジャマ以外はミニスカートしかない。部屋の中だし、まあいいかと思い着替えることにした。


「じゃ、着替えてくる」


 ワンルームのこの部屋には隠れて着替えるスペースはないので、着替えるにはお風呂場の脱衣所しかない。


「女の子同士なんだから、気にせずここで着替えなよ」


 脱衣所へと向かい始めたところで、香澄が引き留めた。香澄の目の前で着替えるの?まあ、今日体育でも着替えたから、女の子同士だとそんなものなのかもしれない。


 制服を脱いでハンガーにかけクローゼットにしまおうとしたところで、後ろから胸を鷲づかみされた。


 ―――えっ、何?


 振り向いてみると、香澄が覆いかぶさって胸を揉んでいる。香澄の顔を見ると嬉しそうにしていた。


「何してるの?」

「本物かどうか確かめてるの。胸が本物のところをみると、女の子になったのは嘘ではないみたいだね」

「当たり前だろ。身長も縮んでるんだから」


 理人の時は高かった身長も20cm以上縮んで、いまでは香澄より10cmぐらい小さくなっていた。


「うん。おかげで抱きつきやすい」

「そろそろいい加減、手を離してくれよ」

「ところで、なんでスポーツブラなの?理央はかわいいんだから、もっとフリルとかレースいっぱいのブラを付けるべきよ」

「仕方ないだろ。そこの爺さんが用意してたのは、これしかなかったんだから」


 下着姿のままだと落ち着かないので、渡された服を着ることにした。膝上15cmぐらいのミニスカートは履いても、なにも着ていないような錯覚に陥るぐらい頼りない。世の中の女性は、こんな頼りないものを着て外を歩いているのか?


「やっぱりかわいい!私のコーデに間違いはなかったね」


 着替え終わって全身を見渡した後、香澄は賞賛の言葉とともに再び抱きついてきた。


「なんで毎回抱きつくんだよ」

「え~、女子同士なら普通だよ。」


 神様の方を見ると、「それで良し」という納得の表情をしていた。エロジジイ!と心の中で毒づく。


「ところで理央、明日予定ある?」

「ないけど」

「じゃ、明日お買い物行こう」

「買い物って何を?」

「決まってるんじゃない、下着だよ。あと見た感じ化粧品とかもないから買いに行こう。理央だけじゃ分からないでしょ」


 たしかに女性の下着とか化粧品は知識がないので、一緒に行ってくれた方がありがたいので、一緒に買い物に行くことにした。


「じゃ、明日9時に来るから、準備しててね」

「なんで9時?お店って10時からじゃないの?」

「それは明日になればわかるから」


 何がわかるんだ?そんな疑問を感じながら、香澄を見送った。香澄は帰りがけに「最後にもう一回」と言いながら、胸を揉んでいった。

 香澄ってあんなキャラだったけ?


 

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