第3話 高校生活

 桜が丘高校は電車で行くみたいなので、家をでてひとまず駅まで歩く。神様も横に並んで歩いており、その奇妙な出で立ちが注目されてもいいはずだが、すれ違う人は誰も気にしていない。


「みんなには神様の姿は、見えないの?」

「そうじゃ、普通の人には見えん。お主も、話しかけていると独り言が怪しい人に見えるから、外ではあまり話さない方が良いぞ。」


 家の外に出ると外気が直接スカートの裾から入ってきて、何も履いていない錯覚に陥る。また風が吹くと、スカートがめくれないか心配で抑えてしまう。

 また女子高生に生まれ変わったことで身長も20㎝は小さくなり、歩幅も小さくなった分、いつもより時間がかかって駅に着いた。


 駅のホームへと上がるエスカレータに乗ったあと、後ろから中年の男性が乗ってきた。その男性からスカートの中が見えないかが気になってしまう。


 制服のスカートはクローゼットにあったミニスカートよりは丈は長いが、それでも膝上だ。

 いまさらスカートを抑えると、後ろの男性を痴漢扱して嫌な気持ちにさせてしまうかも知れない、でも下着は見られたくないし、見ず知らずの人にどう思われてもかまわない、そんな葛藤が生じてしまった。


 幸い前に乗っている人がいなかったので、電車に間に合わないふりをしてエスカレーターを速足で登り切った。

 今まで何も思わなかった駅までの道のりも、女子高生になってみるといろいろ気苦労が多くなり、電車に乗った時には疲れてしまった。


 ◇ ◇ ◇


 高校の最寄り駅につき電車を降りた。桜が丘高校は、ここからは歩いて10分のところにある。

 学校に向けて歩き始めたとき、後ろから肩をポンポンとたたかれた。振り返るとにこやかな笑顔をした女の子が立っていた。


「理央、おはよ。今日は珍しく制服なんだね」

「由香、おはよ。たまには制服着たくなってね」


 挨拶を返しながら、理央の記憶を探り、この女の子のことを思い出した。同じクラスの梅沢由香という名前で、理央の一番仲の良い友達のようだ。


「ところで理央、どうした?変な歩き方して、足が痛いの?」


 いつものように歩いていたはずなのに、由香からの思いがけない指摘に理央は戸惑った。


「わかった、ゴリラのモノマネの新ネタの練習でしょ」


 ゴリラのモノマネ?何のことか分からないが、ひとまず一緒に学校に向かっている女子生徒の歩き方を真似て、内股気味に歩きながら学校へと向かった。


 自分のクラスである2年3組の教室に入り、自分の席に座った。プリーツスカートのシワが不自然につぶれてしまい、お尻が気持ち悪いので手でしわを伸ばした。

 周りをよく見ると女子生徒は座るときに、そっとお尻に手を当てながらスカートにシワがつかないようにしている。

 女の子って大変なんだなと思っていたら、由香が近づいてきた。


「ねえ、理央久しぶりにゴリラのモノマネやってよ。」


 他のクラスメイトもこちらを期待のまなざしで見ており、やらないわけにはいかない雰囲気になり、理央の記憶の中からゴリラのモノマネを取り出した。

 腕を手を握ってこぶしを地面につけナックルウォークという歩き方で歩きて、背筋を沿ってお尻を突き出す。そして、数歩歩いたところで鼻筋を伸ばしてサル顔にして、半身をねじって振り返った。


「ギャッ、ハッハッ!!理央、最高。相変わらず、鉄板ネタだね。」

「そうだよね、可愛い理央がゴリラの真似をするってギャップがいいよね」


 クラスのみんなが、手をたたきながら笑っている。恥ずかしさで、体温が上がり熱くなってきた。よく見ると、神様もお腹を抱えて笑っている。


 ―――ったく、理央をどんな設定にしてるんだ?


 確かに囲碁の才能はくれた神様だが、理央の設定に自分の趣味を押し付けて、困る理人の様子を見て楽しんでいるようだ。


  ◇ ◇ ◇


「―――であるからして、この問題はヘロンの公式を使って解きます」


 数学の授業中ノートをとりながら、神様が設定した理央の記憶を呼び出していることにした。

 両親は理人と同じで、産まれた年だけ違うみたいだ。見ず知らずの人を「お父さん」「お母さん」と呼ぶには抵抗があるので、この設定は有難かった。

 今年の1月にあった女流プロ試験でプロ入りを決めたのを機に群馬から東京に出てきて、4月からこの高校に編入したようだ。


 転校前に前の高校のクラスメイトと、別れるのが悲しくて泣きながら抱き合ったことなども思い出したが、実感はまったくなくテレビや映画のワンシーンを見ているような感じになる。


 理央の記憶をたどっていくと、ミニスカートなど露出多めのファッションを好み、学校では面白いことをしてみんなを笑わせるのが好きという、理人にとっては有難くない情報も知ってしまった。


「藤沢さん、授業聞いてる?」


 突然、先生から話しかけられた。理央の記憶を呼び出すのに意識がいってしまい、授業に集中できていないのがバレてしまった。


「すみません、ちょっとぼーっとしていました」

「昨日、囲碁の試合があって疲れているのはわかるけど、授業もちゃんと聞いてね」

「すみません」

 

 ぼーっとして板書を書き写していなかった部分を、慌ててノートに書き始めた。書きながらも記憶を呼び出すと、理央も昨日対局があり勝っているようだ。

 昨日だけでなくプロ入り後は順調に勝ち星を伸ばしていて、次の対局は再来週の木曜日にあるみたいだ。


  ◇ ◇ ◇


 授業の休み時間、トイレに行くことにした。トイレの個室に入ると、神様が話しかけてきた。


「ほっほっほ。女子高生生活を楽しんでいるかね?」

「―――ったく、人をおもちゃにして遊んでいるだろ?」

「囲碁の才能くれるなら、何でもするって言ったじゃろ。」


 したり顔の神様はほっておいてトイレで用をすませることにした。

 でも、スカートでトイレってどうするんだ?スカートを降ろすと、床についてしまう。学校のトイレの床がとくに汚いわけではないが、トイレの床につくのはなんか嫌だ。


 どうしたら良いか悩んで、持っていたスマホで「スカート トイレの仕方」で検索してみた。

 それによると、トイレの時はスカートをあげて片手で押さえながらするみたいだ。拭くときも片手で押さえながら、トイレットペーパーをとって拭く。

 やってみると、なかなか難しい。トイレの他の個室でみんなこうやっているのかと想像すると、女子ってみんな器用だなと思ってしまう。

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