1-5 シキノカミ

『ごめんっ、親に呼ばれたから帰らないと行けなくなった!!!あむっ。いゃあまぁらぁねぇ(じゃあまたね)!』


と、電話から帰ってきた鈴は残っていたアイスを口に放り込みながら言い、バタバタと支度を整え帰って行った。

まるで小さい嵐のようだった。


ものすごい勢いだったせいか、橙李は帰るタイミングを図りかねた様子だった。

少し息をつき


「まぁ、もう少し話してから帰るか」


と、なにか振り切れたような雰囲気で、椅子に背を預けながら言っていた。





「私、久々に見せてもらった気がする」


「こいつは見せ物じゃないからな。俺も子供じゃないんだから、時と場所は弁えないと。」


「まあ、そりゃあそうだよね」


私の目の前にはいつも通りの橙李の姿と、何故かテーブル上で目を閉じゴロゴロとしている黒猫の姿。

誤解のないように先に言っておくが、我が家で動物は飼っていない。ではいきなり現れたこの猫は一体何なのか。


「一応、こんなのでも文字通り識の神。式神様だからね。どうぞ敬ってくれたまえ。」


ややおどけた口調で言う彼の言葉に呼応するように、猫はふわふわしてそうな尻尾を2往復程振っていたが、私にはどうしてもやたら寛いでいる普通の猫のようにしか見えなかった。神様に失礼かもしれないけど、可愛い。撫でたい。





このはオーキと呼ばれている、幼い頃から橙李が呼び出していた式神の猫だ。


そもそもなんで式神?という話だが、まず、注連橙李というこの男は注連しめじんじゃ神社という、この地域にある神社の息子である。

本当に、ほんっっっっとうに属性が盛られ過ぎな男である。目立つ要素しかない。


それで、注連家は陰陽道の知識と能力をほんの少しだけ、継いで来ている家なのだそうだ。


詳しい事情は流石に聞いてないけれど、その中の一つに式神を扱う"力"があり、幼いうちから"力"について学ぶ。

この辺りは霊が他より少し多いらしい。

注連家の人はその力を使い、この地を安定させているのだそう。


正直現実味の欠片もないぶっとんだ話であるのは間違いないが、目の前の男とその家族達はそんなアホな嘘をつくような人達では無い。

何より、先程も無から突然黒猫をポンと出したのだ。何かを念じるような、祈る様な仕草一つで。


しかも彼らが行うその光景を、幼い頃から何度も見ていたのだ。もはや何も思うまい。


因みに思業式神と言って、よくある紙の人形…形代からつくる式神より難しいのだそうだ。

彼らが言うには、本当は当人にしか見えない式神なのだが、私には視えていた。

これも私が平々凡々な日常ライフから遠ざかっている原因の一つだ。


いや、嘘デスヨ。いたって平穏な生活をしてますヨ。私は全然異常者なんかじゃないデスヨ〜!


…はぁ、平穏な生活って思ってた以上に難しいなあ。


そんな私のぼやきはさておき、橙李はオーキの体を撫でながら、薄い青の瞳を細めてつぶやいた


「俺さ、ちょっと鬼とバトってきたんだよね。」


「へ?」


素っ頓狂な声を出してしまった。

オーキが現れ和んでいた空間で、突然矢に刺されたかのような、なかなかの衝撃発言であった。

とはいえそれだけ言われても、知識皆無な私では詳しいことは何もわからない。

彼は説明を始めた





「いつか前にも言ったと思うんだけど、普段は微力ながら道に迷ってるヒトを家に帰す手伝いをしてるんだよね。


この世界は死んだ後、通常であればそのヒトと縁のある人間の守り神となることが多いわけなんだけど…


でも、たまにね?家に帰りたくないって駄々こねられたり、恨みとか良くない感情を連れて家に帰すことによってやばい事になる奴もいたり、家に帰す事を阻止しようと第三者が邪魔してきたり。


まあ、簡単に元の場所に返せなくなることがあるわけ。で、今回はいまだした例の中での3つ目の事例。そう、横槍が入ったんだよね。」


そこまで言うとふぅと一息をつく。

私は黙って話を聞いていた。普段は話してくれない彼らの非日常…いや、日常だ。興味があった。


「『家に帰っても何もない、お前が認識されることは二度とない、お前の居場所なんてどこにもない。』言葉巧みに他人の心を操ってヒトの魂を集め、物量で境界…注連神社を越えようとする奴がいたんだ。


境界を越えると言うことはまあ…死んだと言う事と生きてるという事が曖昧になってしまうわけだ。

やばいだろ?


そいつは自身を神だと名乗ってたけど、あんな奴鬼で十分だ。鬼に頭を下げて欲しいくらいだ。


俺も元々この仕事はやる予定じゃなかったんだ。思いっきり期末試験の時期だったしね。でも、父さんが【迷い人】の導き、いつも以上の時間がかかってたみたいだったんだ。原因を突き止めたあと『明日、根本から折ってくる』とか言ったあいつの顔、ちょっと青いように見えて…だから1日休んで手伝おうと思ったんだけど。」


橙李は深いため息をついていた


「相当無理してたみたいだった。しばらくの間神社の外に出てかなり動き回ってたみたいでね。


境界の外で…しかもあちら側で、自分自身で動きまわってたんだ。尋常じゃない精神力がないとやってられないよ。


俺の、俺とオーキに出来るのは【辻褄を合わせる】事だけ。点と点を繋げるって言えばいいのかな。概念的な話になっちゃうからうまく説明するのは難しいけど。父さんとかはもっと色々出来るんだけど俺はそれがせいぜいでね。」


自分の名前が呼ばれたからだろうか。みゃあ、とオーキが鳴く。オーキの瞳はどことなく優しい色をしているように見えた。

橙李は一瞬だけ穏やかな表情になったが、再び顔を引き締める。


「さらに言うと、俺はあんまり"力"の総量も多い訳じゃない。行きと帰りの道が定まってないと、より力を使うことになるんだけど…俺だと足りなくなることが多くて役に立てない。悔しいけど、何も定まってないぐちゃぐちゃな状態のあの場では、ほとんど無力だった。


バトってきたとは言ったけれど、実際に力を行使したのはほとんど俺じゃない。役に立とうと思って張り切って行ったのにむしろ荷物みたいなものだった。まあ、よく考えれば戦闘向けの力を持ってるわけじゃないんだからそうなるのは自明の理だった訳だけど。全く、情けない話だね。」


「そんなこと」


橙李は頑張ろうとしたのだ、という事はなんとなく話の内容からわかる。ここまで話を聞いてきたが何を言ってるのかわからないことも多い。


でも、それはちがうよ、と思わず私が声を出す。しかし、眉をぐっと寄せて苦しそうな表情をした橙李は、私が言い切る前から首を振った。



「そんなこと、あるんだよ。注連の家に生まれたからには責任ってものがある。でもその責任を果たせていないのは俺だ。


あいつは俺なんかよりずっと凄い。敵わない存在だよ、今も昔も。

勉強ができても運動が出来ても、肝心なところが未熟なんだからやっぱり悔しいな。」


苦しそうな表情のまま目を瞑る。

そして再び青い瞳が開かれると



「まあ、そういう訳で色々あってさ、ホントは鬼を1日分の時間で片付けようと思ったんだけど思ってた以上に大苦戦。


結果こっちの世界で2〜3週間分の時間を俺らはあちらで過ごす羽目になった。

力もその分消費し、やっとの事で帰ってきて早々燃料切れでぶっ倒れ、休んでたら1ヶ月経ってましたって感じだね。うん、そんな感じだよ。」


どうしても話せないことはあるのだろう。特に最後の方は色々と端折りながら、彼はここ1ヶ月についての話を終えた。





「あはは、長くなっちゃったなぁ。」


少し重くなった空気に気まずくなったのか、声のトーンを上げて彼は言う。


「とりあえず言えることはこのくらい。ほんと、1ヶ月も心配かけてごめん。ああいや、いつもいっしょにいたわけじゃないからそこまで気にしてないとは思うんだけどさ。一応休む前にあんなこと言っちゃった美柑には、俺から言っておくべきような気がして。」


少し言い訳じみた感じで、橙李は謝罪の後に言葉を付け足した。

私だって人並みには他人を気にする。確かにクラスも違うし喋る機会は昔に比べれば格段に減ったけれど、それでも大丈夫なのかなとは思っていた。ずっと言葉にする事も無かったし、極力考えないように思考に蓋をしていたが。


「私は色々聞けてよかった、って思うよ。言えないことのほうが多いだろうにさ。まあせいぜい、君の式神様が見えるのと、だけど。でも、教えてくれてありがとう。橙李。」


私は淡く微笑んだ。


時と場所を選んで呼ばれたはずのオーキは、この間特に何かをしていたわけではなかった。ただずっと橙李の傍にいた。

きっとそうして欲しかったから呼んだのだろうなと、私は思った。


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